ひぐらしのなく頃に 甘尽し編



 カランコロン

「あっ、Kさん! こっちこっち!」

 日曜の午後、エンジェルモートへ入るなり先に待っていた亀田くんが手招きする。

…これが女の子だったらよかったのだが。

「やっぱ休日はエンジェルモートっすよねー。癒されるっつーか、心のオアシスっつーか」

「そうだなぁ…」

 なんだかんだいっても俺達は男だ、男の性には逆らえない。ドッキドキものの制服に身を包んだ

店員さん達はいつ見ても……イイッ☆

「しかしなんだ、どうして亀田くんは生クリーム少女(少女=ケーキですよ?)がそんなにも

好きなんだ? 脳内で変換するほどだ、その経緯は?」

「そっすねー……アレは2年位前でしょうか……俺は野球で汗水垂らして―――」

「あ、やっぱいいわ」

「ななな、なんでっすかー!?」

「いや、だってあんまり辛い過去じゃなさそうだし。お前仮にもひぐらしキャラなんだから

壮絶な過去持ってないとこの先やってけないぞ?」

「あの、そもそも俺サブキャラなんすけど」

「何を言うか矮小が!! サブと言えど、立ち絵が無かろうと、それ自体をネタにする位の

根性が無ければこの世界はやっていけんわ!」

「で、でも俺……存在自体がもうギャグになってるような…Kさんとの絡み、いっつも最高じゃ

ないですか!」

「自画自賛するなこのアホ! お前なんかただ少女を見てハァハァ☆ してるようなただの

変態じゃないか!!」

「け、Kさんが男は変態であるべきだって言ったんじゃないっすかーーー!!」

「そうだ! 男は変態であるべきなのだ!! だが変態は変態でも、ただの変態じゃ駄目だぞ?

ちゃんとそうなった経緯を踏んでやっと変態になれるのだ! 理由なき変態は変態にあらず!

愛無き変態はただの性犯罪者! 俺達二次元戦士は常に高みを目指していかなければならないのだ!

それが分かるか亀田!!」

「お、俺が間違ってましたああああああああああ!!」

 亀田は店にも関わらずその場で土下座した。

「分かればいい、分かれば」

「じゃ、じゃあ俺の真実の過去を――」

「あ、それはいいから」

「ええええええええ!!?」



 熱い語りはまだまだ終わらなかった。次は少女達についてだ。

「ハァ、ハァ…やっぱりボンテージ女王様(恐らくチョコレートケーキの事を言ってます)は

たまんないっすよ……で、でも、強気な女王様を俺は屈服させられる……くぅ〜〜!!

やっぱこれがエンジェルモートの醍醐味っすよ!!」

「…お前は何にも分かっちゃいない」

「へ?」

 失望した。俺は亀田くんはこのジャンルにおいては右に出る者はいない(というかいなくて

当たり前なんだけど)と思っていた。

「悲しいぞ亀田くん。こんな体たらく、見るに耐えない」

「どど、どうしたんですかKさん!?」

「女王様といえば何だ?」

「え? そ、それはやっぱり…SとMではないでしょうか?」

「そう! 女王様といえばSM! そして貴様は何だ!? 貴様はMの側だろうが!! どうして

下僕が女王様を屈服させるんだよ!! どうして!!」

「だだだ、だって強気な女性を屈服させるのは一種の快感――」

「あぁそうだな! 確かに強気な女性を攻略した時は達成感に満たされる。だが! 女王様の場合は

全く違う!! 女王様と下僕の主従関係は絶対だ! それを崩す事は万死に値する!! 女王様は

下僕を屈服させる事を至上とし、下僕はそれに応える事が絶対! 下僕が女王様を屈服させる事など

笑止千万! だから貴様は間違っている! 下僕なら女王様の期待に応えてみせろおおおお!!」

「よっしゃああああああ、バッチコーーーーーーイ!!」

「その身に甘んじて受けろ、女王様をおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 べちゃぁ!!

 俺は亀田くんの顔にそのボンテージ女王様をぶつけ、塗りたくった。

「あ、あぁぁぁあ〜〜〜☆ 女王様、もっと、もっとぉ〜☆」

 亀田くんは今日一番の愉悦した顔を見せた。


 こいつ……マジキモイ。



 その後も少女達を散々弄んでいると(少女=ケーキです。マジで)声をかけられる。もうこの

エンジェルモートではお馴染みと言って過言ではないだろう。

「はろろーん☆ 圭ちゃん、それに亀田さんも相変わらずのご様子で」

「詩音か。ちょっと今いい所なんだ、悪いけど今日は話せない――」

「いっつも思うんですけど……楽しいですか?」

「……ぶっちゃけ、微妙。というか、引き気味」

 俺は亀田くんに聞こえないように詩音に耳打ちした。

「本当に? 凄く楽しそうだったんですけど」

「いや、本当だよ? 俺を信じて?」

 明らかに信用していない笑みを浮かべ、詩音は俺達が頼んだ品を持ってきた。そして忠告する。

「あの、これ以上盛り上がられると流石にノーマルなお客様が引いてしまうので静かにして

もらえません?」

「ん〜、まぁそうだな。十分デザートを満喫したし」

「何言ってるんすかKさん!! まだまだこれからでしょう!? メイドにスク水に○乳○学生は

まだまだ一杯残ってますよおおおお!?」

「……圭ちゃん、軽蔑します。今日帰ったらお姉に言っちゃおうっと」

「わわわっ、ちょ、ちょっと待てよ! …じゃ、じゃあ詩音もやってくれたら帰るよ!」

「え?」

 それはまさに寝耳に水だっただろう。珍しく狼狽する詩音はちょっとツボだった。

「わ、私がですか?! そ、そんな困ります。…変態の真似事なんて」

「頼むよ詩音。そうすれば亀田くんも納得するはずだから」

 また亀田くんに聞こえないように耳打ちする俺達。数秒して、店長などを見て詩音は仕方ないと

頷いた。決心がついたようだ。

「じゃあちょっとだけですよ? デザートを何かに例えればいいんですよね? じゃあこの

モンブランを………モンブランを…」

「………詩音?」

 なんか、詩音が止まった。モンブランを見てなんかカタカタ震えている。どうしたんだ?

「きゅ……」

「きゅ?」



「きゅんきゅん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆☆☆」



「!!!????」

 ななな、何だ何だ!? 急に詩音が恋する乙女のように目を輝かせて飛び上がった。俺達は

あまりにもの詩音の急変に戸惑うしかなかった。

「あぁぁぁぁ☆ この色…悟史くんのさらさらした髪とそっくりぃぃ〜〜☆ ほらぁ、見てください

よぉ! この甘さ、悟史くんが「むぅ」って鳴く時に感じるきゅんきゅん☆ と一緒です〜〜!」

「知らんがな!」

 豹変した詩音はモンブラン片手にくるくると回り始める。…どうやら詩音は脳内であのモンブランを

悟史に変換させ、あのよくバカップルがやる「あははは♪」とくるくる回る奴をやっているつもり

なのだろう。傍目にはただモンブランを持って回って錯乱しているようにしか見えん。

「ねぇ悟史くん? どうしてそんなに甘くて美味しいの? えっ? 「それは詩音の為」!?

やだぁ〜〜、もうっ、悟史くんったらぁ〜☆」

「……」

 やばい。なんかやばい。

 詩音の目、完全にイッちゃってる。たった一瞬であそこまでなる詩音って一体。

「け、Kさん!!」

「あ、あぁ。…これなら文句はないだろ?」

 そうだ、詩音のあまりにもの豹変に呆気に取られていたが、詩音の悟史(悟史=モンブラン)に

対する語りはもはや賞賛に値する。こんなのを見せられては大人しく帰るしかないのだが。

「何言ってるんすか!!」

「え?」

「いいんですかKさん!? あんなの見せられてそれでいいんすか!? いい訳ないでしょ!?

だ、大体この少女達の食べ方は俺が作り出したものです! それをこんな…見過ごせる訳がない!」

 う〜む…確かに亀田くんの言ってる事にも一理ある。そもそもこの食べ方は俺達だけのもの

だった。それをたった一瞬でモノにしてしまった詩音を見ていると……なんかこう、納得いかない

っていうか…

「亀田くん」

「Kさん」

 俺達は頷き合う。今日は部活以上に熱く萌えあがらないといけないようだ(←誤字じゃないぞ?)。

「詩音!」

「ん? なんだ、圭ちゃんか。ちょっと邪魔しないでくださいよ。じゃないと…血ぃ見ますよ?」

 怖っ! 悟史との一時に水を差され詩音は見た事もないくらい不機嫌な目でこちらを睨む。

「はっはっは! まだまだ甘いっすよ、あんみつチョコレートパフェ並みに甘すぎます! あんたの

想い人への気持ちは俺達に比べれば中途半端もいい所っす」

 まずは亀田くんが攻撃を仕掛ける。…というかあんみつチョコレートパフェって何だ?

「そうだなぁ…じゃあこのソフトクリーム! この巻き巻きした所は縦ロールを想像させるっす。

コーンというドレスを身に纏うその姿はさしずめいい所のお嬢様ですかね。お二人は彼女をどう

食べますか?」

「えっ? ん〜、俺はガブっといっちゃう派だな」

「私もですね」

「ちっちっち、Kさんならともかくあんたは何も分かっちゃいない。外界の事を何も知らない

深窓の縦ロール令嬢……そんな彼女をベロリベロリと舐めまわして(女の子=ソフトクリームです!)

一枚、また一枚と剥いでいく……くぅ〜〜〜、これぞ縦ロール令嬢の醍醐味!!」

「うおおっ、さ、流石は亀田くん!」

 ちくしょう……ただのソフトクリームにそんな楽しみ方が!! 恐ろしきは亀田くんの妄想力、この

エンジェルモート内では彼は世界レベルだ!(何がだ

「あっははははは! そんなひとりよがりな所は正に男っぽいですね〜! 私は違いますよ?

だって何もしなくても悟史くんは私を満たしてくれるのだから! でも、それだけじゃ駄目ですよね?

積極的なアプローチも必要です。私がこう突っつくと悟史くん…「むぅ」って、「むぅ」って!!

あぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜☆☆ もう、一口で食べちゃいたい!!!」


※何度も言いますが、彼らはあくまでもデザートの事、そして食べ方を言っています。決してリアルの

事ではないのでご注意ください。…け、決してリアルの事では…


 ちぃ、詩音め…やはりこいつは油断ならない相手だ! 俺も本気で行かなければ!

「やっぱデザートと言えばクレープだろ! 柔らかい生地を重ね合わせたそれは正に着物の女性!

それを下卑た笑いを浮かべるお代官様の如く「よいではないかよいではないか」とこう、するするっ

するするっ! と生地を剥がしていく…そして中身を頂いて……こ、こんな食べ方をするのは俺だけ!?

や、やべぇ、鼻血が……! しかも味は選び放題!? うおおお、俺の身体は果たして

朝まで持つのかぁぁ〜〜!? ぐひひひっ!」

「Kぇええええええええええい!! やっぱアンタは最高だ!! 一生ついていきます!!」

「うむうむ、よろしいぞ亀田の助。ではおこぼれをくれてやろう」

「あざーっす!」

「やっぱ圭ちゃんですね、その考え方はデリカシーの欠片もない。私と悟史くんの愛の前には

無力だという事を教えてあげましょう!! 私のきゅんきゅん☆は世界一ィイイイイイイ!!!!」


 その後も詩音との熾烈な戦いは続いた。俺と亀田くんも創始者として戦うが詩音の……えーと、

そうそう、名づけるならきゅんきゅん☆モードと言えばいいのだろうか? それに完全に押され

はじめている。強い、暴走した詩音は強すぎる!!

「くっ…なんて妄想力だ! あいつの悟史への愛は底無しか!? な、何かないか…何か!」

 カランコロン

 その時、誰かが店に入ってきた。ただそれだけの事なのに、何というか空気が変わったというか…

「おお、葛西さん! 待ってたよ」

「確かに、大変な事になっているみたいで」

 店に着たのはなんと詩音のボディーガードの葛西さんだった。風格というかオーラというか…

相変わらず並外れた存在感を放っている人だなぁ。店長が歩み寄っているという事はどうも

あの人が葛西さんを呼んだらしいな。

 だが、今の詩音の暴走を止められるのはもうこの人しかいないかもしれない!

「か、葛西さん!」

「なるほど…詩音さんとやり合っていたのはあなたでしたか…」

「あ、はい。いや、あいつを焚きつけたのは俺達なんですけど、今やあいつを止められるのは

あなたしか!」

「前原さん」

「は、はい」

 葛西さんは何となく気まずそうな雰囲気を装いながら言った。

「……申し訳ないのですが、ああなってしまった詩音さんを止める事は出来ません。…まぁ

ドーベルマンに喉笛を噛み千切られてしまったと思って下されば」

 喉笛を噛み千切られ!? それ死んじゃう! 死んじゃうから!

「そ、そんな葛西さん!」

「義郎さん、あなたも詩音さんの事はご存知でしょう? ああなったらもう…」

 あぁあぁ、葛西さんにそんな事言われたくない〜〜!!

「はっきり言って、詩音さんを鎮圧するには強硬手段しかないでしょう。それこそ鎖やら首輪やら…」

「鎖に首輪!?」

 俺が口に出そうとした言葉を先に詩音が言った。その目は陶酔しており、もはや悟史しか脳内には

存在してないだろう。相変わらずきゅんきゅん☆しながら詩音は何故か頬を赤らめた。

「鎖に首輪……悟史くんに鎖と首輪……!!」

「はっ!」

 嫌な予感がした。葛西さんの言葉、何か言ってはいけない言葉を言ってしまったような……そして

それは現実となった。

「そんなのって……良い……良過ぎますぅ!! 悟史くんに鎖と首輪を付けてしまったら……

それってつまり、私専用って事ですか!? あぁ……だ、駄目、いくら一人占めしてしまうからって

それじゃあ私の一方通行じゃないですかぁ〜! で、でも、それもちょっとイイかも……あぁ〜〜☆」

「や、やっぱりぃ!」

 思った通りの展開にぃ!! 今や詩音に何を言っても都合のいい妄想にしか変換されない!

「いらっしゃいませー」

「はぅ〜、今日はどんなかぁいいデザートを食べようか……な?」

「あ、レナ」

 妄想詩音の狂乱の場と化してしまったエンジェルモートに新たな来客者が現れた。それはレナだった。

”あの”詩音を見て慌てて俺の所まで走り寄ってくる。

「こ、これはどういう事なの圭一くん?」

「あぁ、アレはな…」

 俺はレナに今までの事をかくかくしかじかした。

「あはは、でも詩ぃちゃん楽しそう」

「おいおい……。……そうだ、おいレナ! お前も詩音を止めるのに協力しろ!」

「え?」

 もはや、あのきゅんきゅん☆モードに対抗できるのは無敵のかぁいいモードを持つレナしかいない!

「え、えぇ!? で、でも、それって圭一くんの自業自得…」

「レナ、これを見ろ!」

 俺は手元にあったプリンの乗った皿をレナの目の前に差し出した。ぷるぷるっとしたプリンを見ると

レナの表情が恍惚としたものへと変化していった。

「は、はぅ〜〜〜☆ ぷ、ぷるぷるなんだよ? ぽよんぽよんなんだよ!? お、お持ち帰りぃ!」

 よしっ! スイッチオン、かぁいいモードの始まりだぁ!

「しかしKさん、彼女をこんな風にしてどういう意味が?」

「………」

 ちょっと待て? そもそもかぁいいモードも詩音のと同様、暴走モードじゃなかったっけ?

「はぅ〜〜〜〜〜☆ お持ち帰りしていいんだよね!? これ全部!」

「ちょ、ちょっと待てレナ! 今日は別にデザふぇじゃないし、誰もそんな事言ってない!」

「レナの邪魔をするのなら、例え圭一くんであろうと容赦はしないんだよ? だよ?」

 え〜〜?! こ、これは想定外だ! これじゃあレナをかぁいいモードにした意味がない!

「詩ぃちゃんのモンブランも、おっ持ち帰りぃ〜〜〜☆」

「!! な、何するんですか!! 悟史くんに触らないで!!」

 レナが詩音の悟史を取ろうとすると、詩音はそれを全力で抵抗する。当然だ、今やあのモンブランは

詩音にとって悟史なのだ。それを取ろうとするレナは詩音にとって敵でしかない!

 …ん? こ、これは……予期せぬ事だったが、一応レナは詩音の抑止力になっている?

「レナさんですか。私と悟史くんとの逢瀬を邪魔するなんて、いい度胸じゃないですか」

「あははは! 詩ぃちゃんが何を言ってるのか分からないよ。でも、そのかぁいいモンブランは

レナの物ォオオオオオオオオオ!!」

 レナの電光石火の如き手が詩音のモンブランを襲う。しかし詩音はさせまいとレナの手を捌く。

「なっ! レナパンの応用を!?」

「ははははははは! 私から悟史くんを奪う者が例え魔王であろうとも私は倒してみせる!!」

 詩音、お前大っぴらに熱愛宣言してる! …いや、今に始まった事じゃないけど。

「詩ぃちゃんはレナの邪魔をするんだね?!」

「レナさんこそ、私達の邪魔をするんですね!?」

 なんかすっごいすれ違いなんですけど!

 そしてレナと詩音の壮絶な戦いが始まった。レナは悟史を取り上げようとレナパンの応用で

速射砲のように手を繰り出す。しかし視認できない程のスピードで繰り出されるレナの手から詩音は

悟史を守る。そのスピードも半端ではない。

「やるじゃないですかレナさん!」

「詩ぃちゃんこそ!!」

 二人の高速のバトルは次第に勢いを増し、周囲のありとあらゆる物を吹き飛ばしていく!

「み、店が、店がぁあああああ!」

 店長の悲しい嘆きが心苦しかった……



「……こんな、……こんなの、見たことない…」

 いきなり甘いものが食べたいと癇癪起こした羽入の願いを聞き入れる為に私は実体化した羽入と

沙都子と一緒にエンジェルモートへやってきた。…だが、そこで見たものは想像を遥かに超えた

光景だった。

 レナが飛び、詩音が舞い、圭一が放ち、亀田が捌き、所々を滅す。

 エンジェルモートはいつの間にバトルコロシアムへと変貌したの?

 それとも私達が来る所を間違えた? いや、そんな事はない。店のありとあらゆるものが

吹き飛んでいたがそこは間違うことなくエンジェルモートだった。客は当然誰もおらず…あ、いや、

いた。あれは詩音のボディーガードの葛西だ。店が破滅へと向かっているのに渋くブラックの

コーヒーなど飲んでいる。やはり外見と違わず大物だ。

「誰か…誰か彼らを止めてぇえええええええ!!」

 店長はそんな死闘を涙を流しながら傍観していた。可哀想過ぎる。

「あぁぁぁ!!? 沙都子じゃありませんか!! さぁ、一緒に戦いましょう!! 世界は認めなくても

私達は悟史くんの味方なんです!!」

「は、はぁ!? し、詩音さん!? にーにーがどうし―――ふにゃああああ!」

「沙都子!!」

 触手のように伸びた詩音の魔手により、沙都子は捕獲されてしまった。なんかよく分からないけど

詩音は手にモンブランの乗った皿を持っていて、それをレナが凄まじい早さで奪おうとしていて、

圭一と亀田はいくつかのデザートを片手に何かを喋っていて……とにかく、とにかく、そこは

魔界だった。

「今なら多分、デザートが食べ放題なのです☆」

「…この状況でそんな台詞が吐けるのは多分アンタくらいよ」

 るるる〜☆ とスキップしながら羽入はカウンターへ腰掛けた。…って、そこ葛西の隣!

 オヤシロさまとヤクザが同席している…それはそれで戦っている彼らと同じくらい異空間だった。

「とりあえずシュークリームをいっぱいくださいなのです☆」

「店長、この……す、スイートなんとかというのは今日はやってるのか?」

「あぅ?」

「おや?」

 羽入と葛西が顔を見合わせる。未知との遭遇…それは二人にぴったりの言葉だった。

「甘い物がお好きで?」

「あぅ☆」

 羽入、あんたその受け答えおかしいから! 何よその「あぅ☆」って!?

「ううう………誰か、誰か助けてください!!」

 店長の叫びが心に響いたのは私だけだった……




「うわっ!? な、何これ!? どうやったらこうなる訳!?」

 あ、魅音だ。店長が呼んだようだが何もかも遅かった。

「り、梨花ちゃん、これ一体どういう事!?」

「……魅ぃ、遅すぎるのです。地獄へようこそなのです、にぱ〜☆」

 そう、まさにここは地獄。

 とばっちりを受けた亀田は倒れ、圭一はいつの間にかレナにエンジェルモートの制服を着せられ

頬ずりされ(圭一は気絶している)、詩音はモンブランが悟史だと沙都子をマインドコントロール

している。羽入と葛西は甘いデザートについて何やら楽しそうに語り合っていた。そして店長は

店の隅ですすり泣いている。…これが地獄でなけりゃ一体なんだというのか?

「………そ、そうみたいだね…。あ、あは、あははは! ……はは…」

 魅音の渇いた笑いがなんとも…

「…帰ろっか、梨花ちゃん」

「そうしましょうなのです」


 私と魅音は何も見なかったかのようにエンジェルモートを後にした。背後から未だに彼らの声が

聞こえる。

「はぅ〜〜☆ 圭一くんかぁいいよぉ! 今日こそお持ち帰りしていいよね!?」

「これは悟史くん、これは悟史くん、これは悟史くん、これは悟史くん…」

「これはにーにー、これはにーにー、これはにーにー、これはにーにー…」

「あぅあぅあぅ☆ エンジェルモートのシュークリームは格別なのです☆」

「えぇ、全く」

「神様仏様オヤシロさま……どうか私に救いを…救いをっっ!!」

 あんたのすぐ近くにいるから、そのオヤシロさまが。



「魅ぃ」

「何? 梨花ちゃん」

「明日は晴れるでしょうか…?」

「そうだねぇ、晴れるといいねぇ…」

 しみじみと私達は雛見沢へと帰るのだった……



 えっと、昭和58年の6月を超えれば惨劇はなくなるものとばかり思ってたけど…

 あったわね、惨劇。


 とにかく、私が言いたいのはただ一つ。







 …平和ね………


                               END☆



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