空が青い。

 完全な日本晴れって訳ではないが、それでも透き通った青…いや、水色と言うべきか。

 とにかく雛見沢に引っ越してくる前には見られなかった空だ。

 俺が今いる場所は粗大ゴミの山だと言うのに空がこんなにも綺麗なのは不思議なものだ。


 そう、俺は今ダム工事現場のゴミ山で大の字になっている。捨てられていた車の座席に

寝そべって俺はずっと空を見つめていた。

「うふふふふ、待っててねー? レナが今お持ち帰りしてあげるからぁ。はぅ〜!」

 とても楽しそうな声が聞こえてくる。声の主…レナはゴミ山の深部で何やらかぁいい物を

見つけたご様子。だがそのかぁいい物が俺の考えているかぁいい物と恐らく一致はしないだろう。

 その前に俺、何でゴミ山来ちゃったかなぁ。しかも休みの日に。

 ……べ、別にやましい気持ちなんてねぇぞ? ゴミ山という隔離された場所で毎日顔を

合わしている女の子と二人きり。うおお、言葉にすると結構エロスを感じてしまうのは俺だけ

だろうか? 否! 断じて否!

 …とまぁ邪な考えは置いといて。別に他意も何もなく、暇だったから雛見沢サイクリングと

洒落込んでいたらダム工事現場の近くまで来たからもしかしたら休みの日にもゴミ山にレナが

いるのかもしれないと思い立ち寄ってみたら……というのが真相だ。レナに挨拶をし、レナの

邪魔になるのも悪いから何かレナの望むかぁいい物が出てくるまで一休みしようという訳で今に

至る。

「はぅ〜! 圭一くん見て! 見て見てこれを!」

「んあ?」

 呆けた声を出しながら近寄ってきたレナの持ってきた物を見る。そして絶句。



「………レナさん? 何ですかこれは?」

「何って見れば分かるでしょ〜、かぁいいよぉ〜、はぅ〜♪」


 いや、それはそうなのだが…。

 レナの手に持っていたのはコンセント。そう、電化製品全てについている、電気を供給する為の

コンセント。コードの切れた全く使い物にもならない物を……レナはかぁいいと言うのだ。


 ごめんレナ。いつもながら全くもってわかんないよ。


「はぅ〜、この二つのニョキッと出た所がね、所がね……はぅ〜〜♪」

 あかん。かぁいいモードであっちの世界に行ってしまわれた…。こりゃしばらく戻ってこれないな。

「みー」

「ん?」

 その時、何かの鳴き声が聞こえた。それが猫の鳴き声だというのはすぐに分かった。周りを探すと

とことこと小さな黒猫がこっちへ可愛らしく歩いてくる。

「おー、黒猫か。珍しいな」

 真っ黒な身体に瞳がよく映える。まだ生まれてから1年も経ってないだろう、まだまだ小さな

子猫だった。

「おいお前、どうしたんだ? 母ちゃんと一緒じゃないのか?」

「みー」

 俺がこいこいと誘うと何と寄ってくるではないか。ただでさえ警戒心の強い猫、それも野生の猫が

こんな無防備に近寄ってくる事に俺は驚いた。そして俺の足元にまでやってくる。俺は子猫の

顎を優しく掻いた。

「うみゃ♪」

「おお」

 都会暮らしだった俺は動物なんて全く触った事がないし田舎の雛見沢でもまだ無い。しかも野生の

動物に触れるなんて機会、動物愛好家でもない限り一生来ないぞ。

 それを今、俺は野生の子猫と触れ合っている。子猫は気持ち良さそうに俺に顎を掻かれている。

 今度は調子に乗って身体を撫でる。

「〜♪」

 さして抵抗も無く子猫はその場に寝そべって俺のなすがまま。うおお…愛い…愛いぞこやつ。

 柔らかいな〜、猫ってこんな手触りなんだ〜。レナじゃないけど、こういう事なら俺も

かぁいいモードになれるかも…はぅ〜☆

「あれ? 何してるのかな圭一くん」

 だが一歩手前、背後からのレナの声に現実へ引き戻された。ふぅ〜、危ない危ない。

 俺は笑みを浮かべながら見せ付けるように子猫を抱いてレナに見せる。

「見ろよレナ。猫だぞ猫。黒い子猫だぞ〜」

「わ、わ、わ!」

 いきなり俺が子猫を抱いてる姿を見せたものだからレナは予想通りの慌てよう。

「こ、子猫ちゃんだよ!? 黒猫ちゃんだよ!?」

「わはは、どうだレナ。宝探しは何もしていなかった俺の勝ちのようだな!」

「わわっ、わぁ〜……いいなぁ、圭一くん、羨ましいよぉ」

「レナも触るか?」

「うん!」

 嬉しそうな顔でレナは子猫を触ろうとした―――


「みゃっ!」

「あっ!」


 子猫の取った行動は信じられなかった。あれだけ俺のされるがままだった子猫はレナが触れようと

したらいきなり可愛い小さな手から爪を出しレナの手を引っ掻いたのだ。

「痛っ……」

「フー!」

「レ、レナ! …大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫」

 でもレナの手の甲からは血が滲んできている。

「みー!」

「あ!」

 すると急に子猫は俺の腕をすり抜けてその場から去って行った。すぐに姿は見えなくなって

しまった。

「やれやれ…。それよりもレナ大丈夫か? ……レナ?」

「う……ひっく……」

 レナが……泣いてる!?

「お、おいレナ!? 大丈夫って言ったじゃねーか! 本当は痛かったのか!?」

「ううん、そうじゃないの…」

「じゃあなんで泣いてるんだよ!?」


「………子猫に触れなかったから…」


 俺はその場で盛大にコケてしまった。そ、そんな理由でそこまで泣く事ないだろう。

「うう〜、だって〜。かぁいかったのに……触れないなんて……」

 うーむ、レナにとっては死活問題だったのかもな。無類のかぁいいもの好きなレナとしては

子猫なんていう目に見えてかぁいいものが触れなくて悔しかったのだろう。

「とりあえずレナ、傷の手当てをしよう。何か消毒できるものはあるか?」

「大丈夫だよ圭一くん。少し引っ掻かれた位だから」

「馬鹿、子猫だからって甘く見るなよ。野生の動物の爪ってのはばい菌だらけなんだって何かで

見た事がある。早く手当てしないと不味い事になるぞ!」

「う、うん。圭一くんがそこまで言うのなら…レナの隠れ家に救急箱があるからそれ使おう」

 レナはそう言うと大きな廃車へと向かうのだった。




ひぐらしのなく頃に レナと黒猫・前編





「圭一くんばっかずるいよぉ。どうして圭一くんはあんなに触ってても大丈夫だったのにレナは

駄目なの? どうして?」

 消毒し終えたレナの手に包帯を巻いてやるとそんな愚痴が飛び出してくる。確かに当然の文句だ。

「そうだよなぁ。あの黒猫、明らかに野良で野生の猫なのに妙に俺に懐いてきたんだよな。別に

餌付けした訳でもないのに…たまたまあの子猫の機嫌でも良かったのかな? それともこの

前原圭一の魅力に引き寄せられたとか?」

「うぅ〜〜……触りたかったな……子猫」

 最後の方の言葉に何のツッコミも入れてくれずがっくりと肩を落としうな垂れるレナ。だが俺は

そんな彼女を見て、ついいつものからかい癖が出てしまった。

「いやぁ、良かったなぁ。柔らかな身体、ぷにぷにの肉球……」

「ぷにぷに……」

「ぜひレナにも体感して欲しかったなぁ……いやぁ、残念!」

「………圭一くんのイジワル」

 口を尖らせて頬を膨らませるレナ。あらら、ちょっと悪ふざけが過ぎたかな。

「わっ! け、圭一くん…」

 俺は謝罪の意味も含めてレナの頭をいつものように乱暴に、くしゃくしゃと撫でる。俺の意図を

分かってくれたのかどうかは分からないがレナの怒った顔は和らいでいく。

「またゴミ山にひょっこり現れるかもしれないだろ? レナは頻繁にあそこに行くんだから

いくらでもチャンスはあるって」

「そうなのかな、かな…。でも、レナ嫌われちゃったから……」

 やはりかぁいい子猫に引っ掻かれた事が余程ショックだったのかレナの表情はさっきからあまり

優れない。あ〜〜、もう! こんなショボくれるのなんてレナじゃねぇ!

「元気だせよレナ! いつもの元気なレナは何処に行ったんだよ! たかが子猫一匹に手を

引っ掻かれた位で!! いつものレナならそんなの気にせず無心に子猫を抱きしめる! それが

かぁいいもの好きの竜宮レナだろう!?」

「………うん、そうだよね、うんっ」

 俺の言葉にレナはいつもの、しかしとびきりの笑顔を見せてくれる。そうだ、これこそ

竜宮レナなんだよ。いつも笑みを絶やさないのが竜宮レナ。

「でも、流石にいきなり抱きしめちゃ余計嫌われそうだからそれは止めるね」

「そりゃ道理だな」

 そして俺達は笑いあうのだった。



「あっははははは! そりゃ災難だったねーレナ!」

「もー、魅ぃちゃん笑いすぎだよぉ」

 次の日、昼飯の話題はゴミ山での子猫の事だった。事の顛末を聞いて魅音は予想通り大いに

笑った。まぁそれも無理はないが。

「にゃーにゃーは可愛かったのですか?」

「それはもう! なんか妙に俺に懐いてきてさぁ。あぁ…今思い出すだけでも……」

「圭一さん、よだれ出てますわよ」

 おっといけねぇ。だけどあの子猫の可愛さと言ったら生唾ものだぜ。あ〜、もう一度触りてぇ。

「………」

 すると誰かの視線が突き刺さる。レナだ。

 レナは恨めしい目つきで俺をじっと見つめていた。そしてぽつりと呟く。

「……いいよね、圭一くんは。思う存分子猫と触れ合えて」

「お、おいおいレナ。そんな事言ってもなぁ」

 ちょっとレナさん。思いっきり未練たらたらじゃないですか。昨日元気出したのは嘘だったのかよ。

「まぁレナにしてみれば面白くないよ。圭ちゃんは触り放題なのに自分は引っ掻かれちゃね」

「でもどうしてその子猫さんはレナさんを嫌ったんですの? 普通、嫌われるのは圭一さんでは

なくて?」

「沙都子、そりゃどういう意味だ、あぁ? 罰としてミートボールもーらい!」

「あぁぁあああ!!? な、何するんですのー!! わ、私のミートボールゥゥゥ!!」

 しかしだ。沙都子の言う事を認めるのは納得いかないが確かに不思議だった。俺よりも

レナに懐くはずだと言うのは同感だ。ならば何故俺に……

「―――ッ!!」

 その時、俺は電撃的に閃いてしまった。そうか、そういう事だったのか!!

「どうしたのですか圭一」

 梨花ちゃんがいち早く俺の顔の変化に気付く。俺はくっくっくと笑いみんなに告げる。

「どうしたもこうしたも。子猫が俺に懐いた謎は簡単だってことさ」

「分かったの圭一くん!?」

「ほほぅ、面白い。聞かせてもらおうじゃないのさ」

 みんなが俺の答えに注目する。俺は自信満々に自分の考えを披露した。


「簡単なことさ。あの子猫はこの前原圭一の器のでかさを見抜いた!! そして瞬時に俺に

付き従う事を決めたのだあああああああーー!!」





「でもどうしてだろうね? レナ、宝探しで身体に変な臭いついちゃったから嫌がられたとか

そんなオチじゃないの?」

「そうかなぁ? 別に粗大ゴミを捨ててある所だからそこまで臭くはないと思うんだけど…」

「………」

 拳を高々と上げ、叫んだ俺は完全に無視されてしまった。ちょ、ちょっとお前ら…少しは

反応とかしよう? 酷くない?

「ほら圭一さん、早くお座りなさいませ。食事中にいきなり立つなんてマナーがなってませんわ」

「……はい」

「にぱー☆」

 俺の頭を撫でる梨花ちゃんの手が、とても暖かかった。…手から伝わるのは慰めでないと

確信はしているが。

「―――よしっ! 早いけど今日の部活を発表するよ!」

「「!!」」

 唐突な魅音の言葉にみんな注目する。今日は一体どういう部活を!?

「今日は野外での部活にしようと思うんだ。お題は例の黒猫に触れるかどうか! どう!?」

 そう来たか。だがすぐに俺はその部活のお題に異議を唱えた。

「ちょっと待て魅音。必ずしもその黒猫がゴミ山に現れるとは限らないぞ?」

「あ……あ、あはははは!」

 魅音は頭掻きながら大笑いしてごまかそうとするが全然ごまかしきれてない。流石にランダム要素

が強すぎて確実性がないぞその部活は。

「ボクはにゃーにゃー見たいのです」

「梨花ちゃん?」

 早くも頓挫しかかったお題に梨花ちゃんが待ったをかけた。しかも私的な理由で。

「でも梨花、猫は気まぐれでしてよ? 圭一さんの言う通り出てこない可能性が高いですわ」

「出てこなかったら出てこなかったで、ダム現場で部活をすればいいのです。…駄目なのですか?」

 うっ…梨花ちゃんが上目遣いで俺達に訴えかける。沙都子には効果が無いみたいだが魅音は

戸惑い、俺は全然OKしちゃってもいいと思ってる。…俺がそうなのだから彼女がヤラれない訳が

無い!

「は、はぅ……梨花ちゃん…かぁいい…お、お、お、お持ち帰りぃ〜〜〜〜〜!!」

「レナ…みんながにゃーにゃー見たくないと言いますです」

「あっ!?」

「しまった!!」

「き、汚いですわ梨花〜!」

 気付いた時にはもう遅い。レナのスイッチは既に入ってしまった。

「駄目なんだよ〜、梨花ちゃんはレナがお持ち帰りだからみんなダム現場に行かなきゃ〜!」

「ま、待てレナ! 途中から言ってる事が無茶苦茶だ!」

「待っててね梨花ちゃん。レナが聞き分けのない悪い人達をやっつけるからぁ〜。だからその後は

お持ち帰りぃ〜〜〜!!」

「け、圭ちゃん、盾になって!」

「なっ!?」

 今にもレナの神速パンチが飛び出す直前、魅音がいきなり俺を羽交い絞めした。

「魅音っ、てめぇ!?」

「をほほほ、ここは圭一さんが生贄になるのが最良ですわぁ」

「沙都子ぉおおおおお!!」

 沙都子は逃げられないよう俺の両足を縄跳びで縛り上げた。

 え、マジ? ちょ、ちょっとタンマ!!

「うふふふふ、圭一くんなんだね? 梨花ちゃんの邪魔をする悪い人は?」

「レナ! 違う、断じて違う!! お、おい、いつにもまして目がすわってるぞ!!」

「圭一、おとなしく贄になるのです☆」

「お、俺が何をしたっていう――――」



 私、前原圭一は何もやってない。

 これを読んだあなた、どうか真相を暴いてください。

 どうして私があの場で殴られなければ(あるいは膝か)いけなかったのか。

 どうか、真相を……

 それだけが私の望みです……

 BY 前原圭一




カナカナカナカナカナカナ


 ひぐらしが鳴いている。…俺もちょっと泣いている。

「夕陽が目に沁みるぜ……」

「何ぶつくさ言ってるのー? 圭ちゃん置いてくよー」

「はいはい」

 放課後、俺達が向かう先はレナのテリトリーであるダム工事現場。ゴミ山と言った方が俺的には

しっくりくるのだが。

 そういえばこうしてみんなでゴミ山に来るなんて珍しいというか初めてじゃないのか?

「そうだね。確かにみんなでダム現場に来た事はなかったよ」

 そう言うレナは少し嬉しそうだった。毎日のように宝探しに来ているレナとしては俺達は

客人でもある。みんなで来て、にぎやかになる事がレナにとっては嬉しいのだろう。

 そんな事を考えてる内に粗大ゴミが山のように捨てられている場所へ到着した。

「昨日ここに黒猫がやってきたんだね?」

 魅音の問いに俺は頷いた。だが猫どころか生き物の気配すらしない。やはり昨日の子猫は

偶然ここに立ち寄ったんだろうか。

「ここは粗大ゴミを捨てる場所であって猫が求めそうな生ゴミやらはないからなぁ」

「にゃーにゃーはいないのですか?」

「うーん……レナ、猫とか動物が出てきた事って今までなかったのか?」

 そう言うとレナは何故か苦笑い。

「ごめんね。レナ、宝探しに夢中で……そういう事はあまり気にしてなかったから」

 成る程。レナらしい答えだ。

「やっぱり黒猫さんが出てくる可能性は低いですわね」

「そだね。梨花ちゃんには悪いけどここでただじっと待ってるのも何だし、ゴミ山を利用して

部活でもしようかね」

「にゃーにゃー…」

 梨花ちゃんは残念そうに顔を俯かせる。

「梨花ちゃん……圭一くん、どうにかならないかな?」

「どうにかと言われてもな…」

 流石に俺も動物を呼び寄せるスキルは持ち合わせていない。そりゃ呼べるものなら呼んで

梨花ちゃんを喜ばせたいものだが。

「やっぱ世の中そう都合よくいかないものだな」

「みー」

「…………え?」

 初めは梨花ちゃんが鳴いたのかと思った。だがすぐにそれは違うと分かった。何故なら

何処からともなくあの黒く小さな猫が歩いてきたからだ。

「け、圭一くん、あれ…」

「マ、マジかよ…」

 なんてご都合主義――じゃなくて、なんて偶然!! 俺は今なら神を信じる!

「にゃーにゃーなのです!」

「えぇっ!?」

 梨花ちゃんの嬉しそうな声を聞いて、ゴミ山を色々漁っていた魅音達がこっちへやってくる。

「うわー、本当に真っ黒だよ」

「小さいですわねー。可愛らしいですわー」

 魅音も沙都子も歓喜の声をあげる。滅多にお目にかかれない黒猫で、まだ子猫。これで可愛いと

言わない女の子はいないだろう。

「でも、黒猫って不吉の象徴みたいに言われてるよな」



 失言だった。彼女達は俺を冷たい目で見つめている。や、やめろ、そんな目で俺を見るな!!

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!! 口からぽっと出ただけなんです!! 可愛いです!

メッチャ可愛いですよ! あ、あんなの迷信だよな! 色で不吉と決め付けるなんてなんと人間の

おこがましい―――」

「もういいよ、圭一くん」

「………はい」

 結局俺が全面的に悪いって事で決着した。さて、黒猫はというと……

「みー」

「みぃ☆」

 同じような鳴き声が二つ。それは子猫と梨花ちゃんの戯れだった。子猫は俺の時以上に

梨花ちゃんにじゃれついていた。しかも積極的に。身体によじ登るわ、顔は舐めるわ、なんと

うらやまし―――あぁ、違う違う、別に俺が梨花ちゃんにそうしたい訳じゃなくてって俺は

一体何を考えているぅ!?

「さーて、部活部活! みんな、覚えてるよね? この黒猫に触れなかったら罰ゲームだかんね!」

「をーほっほっほ! 触ればいいんでして? それなら簡単ですわぁ」

「………」

 一人だけ、反応が違う奴がいた。…レナだ。

 レナは微かだが困った顔をしている。そりゃそうだ、昨日の事があるからな。昨日はあれだけ

今度は触ると決意したレナがどうも臆病風に吹かれているように見える。更に罰ゲームという

プレッシャーが圧し掛かってるんだ。無理もない。

「……レナ」

「うん? 何かな、かな?」

「止めろよすっ呆けるのは。…昨日の事気にしてるんだな? やっぱり、かぁいいものに

ああいう仕打ちされたのがレナ的に参ってるって訳か?」

「………うん。…でも、ちょっと自分の事過信してたのかも。かぁいいものが大好きな自分が

拒絶されるなんて…あはは、皮肉だよね」

 沙都子は梨花ちゃんから子猫を手渡される。子猫は特に暴れる様子もなく沙都子を受け入れる。

可愛らしい鳴き声とその感触に沙都子は笑顔を見せる。

「…怖いんだ。また、あの子猫に拒絶されるのが。ううん、ちょっと違うかな。その事実に

私は恐怖している。その事実が私が今までやってきた事を否定するようで……あはは、考えすぎ

なんだってのは分かってる。別にこれは私とあの子猫の相性が良くなかった、それだけの事。

だから私がそういう風に思うのは単にひねくれてるだけ」

「………」

 流石に、閉口せずにはいられなかった。

 いつもはぽわわんとして、優しくて、いつも笑顔を絶やさない。俺は昨日レナをそう表現した。

 そのレナがここまで深刻に昨日の事を考えていたと誰が思うだろうか? というかレナが

このような考え方をする奴だとは思わなかった。

「………わ、わわっ!?」

 俺は自然とレナの頭をいつものように乱暴に撫でていた。

「圭一くん?」

 沙都子の次は魅音が子猫に触れようとしていた。魅音にしては少し戸惑っていたようだが

やがて子猫の顎を触る。顎を掻かれて気持ちいいのか子猫はくすぐったそうな声をあげる。魅音も

成功したようだ。俺達はそれを少し離れた所で見ている。

「例え、レナがこれからあの子猫を触ろうとして昨日のように引っ掻かれたとして……それが何?

レナって、それだけで諦めてしまうような弱い奴だったのか?」

「――」

 俺の言葉にレナは首を横に振る。

「だったら、そんな暗い事言ってないで派手に散ってこい。今日が駄目でも明日、明日が駄目でも

明後日! 100回駄目なら1000回だ!! 失敗する度に俺が、俺達が受け止めてやるよ。

…それが仲間ってやつだろ?」

「圭一く――」

「おーい、二人とも何ぼそぼそ話してるのー!? 早く来ないと棄権退場にしちゃうよ?」

 レナが俺の名前を呼ぼうとするのと同時に魅音達が俺達を手招きする。俺はレナの背中を

笑って押してやった。レナはすぐに振り返る。いきなり背中を押した事を責めると思われたが

違った。レナは微笑していた。

「圭一くん、それって酷い。レナが引っ掻かれるの前提で話してるよ」

 だがレナは笑っていた。俺を怒るのではなく、笑みで言い返してきた。

 それを見て俺は安心した。ついさっきの暗いレナは吹き飛び消えて無くなっていた。もう俺が

何か言う必要はないようだ。俺とレナはみんなの下へ歩いていく。


 耳を傾ければひぐらしが鳴いていた。





―つづく―





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