始まりがあれば、また終わりも存在する。

 始まりはそう……些細な事だった。あんな些細な事でこんな事になるなんて夢にも思わなかった。

 俺は感謝している。あいつ…いつも近くにいるあいつを。俺を僅かながら変えてくれたあいつを。

 始まりがあれば、また終わりも存在する。

 終わりはくる。…でも、それはまだずっと先の話だ。

 続いていくんだ。ずっと、ずっと。終わりなんて見えないくらい、ずっと。

 終わらせたくないからこそ、続くんだろうと俺は思う。

 そして続かせるのは、自分。

 ふと、そんな自分が好きになる自分がいる。

 始まりがあれば、また終わりも存在する。

 だけど……終わらせない。終わらせたくない。

 続く。

 続いていく。

 いつまでも、いつまでも……






ひぐらしのなく頃に 味噌汁の変 最終話







「は、はぅはぅはぅ〜〜〜☆ かぁいいよぉ……ほ、本当にいいの?! 圭一くん!!?」

「おういいぞ。好きなだけ胃袋にお持ち帰りしてもいいぞ」

「はぅ〜〜!!」

 いきなりテンションMAXなレナだが、それも仕方ない。場所はエンジェルモート。今日は

デザートフェスタなのだ。

 というか、何故俺達がここにいるかというと先日俺がここで詩音にレナとの甘酸っぱい一日の事を

話し報酬としてチケットを貰ったからである。つまり、レナを誘うのは当然の事であって俺はこれを

プレゼントとして何故チケットを持っている? という事をうやむやにしたいのだ。べ、別に

違うからな! 言い訳じゃないんだぞ!? って、俺は誰に言い訳してるんだよ…

「いやぁ、悪いね圭ちゃん」

「をーほっほっほ! 圭一さんだけ楽しもうたってそうはまいりませんことよ?」

「お邪魔虫の参上なのです☆」

 …当然、この三人がこんなおいしいイベントの匂いを嗅ぎ付けない訳がない。どうやって

知ったかは分からないが(一人、物凄い心当たりはあるが)とりあえず俺がレナとエンジェルモート

に来る前には既に全員集合していた。流石は部活メンバー、欲深きこと山の如し。

 …なんとなく、なんとなくだがムッとしてしまった自分はいるが。

「お、亀田くん。デザート魔人の君がデザートフェスタに来てない訳がないからな」

「………」

「か、亀田くん?」

 折角挨拶してるのに亀田くんは何も返事をしてこない。というか俺を見る目が…敵対する者の目

となっている。……なんだろう、負のオーラが滲み出ているような……。

「……には……いる……す……」

「ん? 何か言ったか?」

 亀田くんが何やら呟いている。耳をすませると………俺は少し後悔してしまった。

「俺には、少女(ケーキ)達がいるっす……全然、羨ましくなんて……ないっす……」

「……」

 俺は、今日は亀田くんに話しかけるのを止める事にした。何故なら、俺には彼に話しかける資格は

ないのだから。……別にいいけど。

「………ん?」

 そこで俺はふと、人数を数えた。俺、レナ、魅音、沙都子、梨花ちゃん……5人だ。それはまぁ

当然だ。俺達は5人。5人で何が悪い?

「あああーーー! ちょっと待て? 俺達5人じゃねぇか!」

「そうでございますことよ? 圭一さん、モウロクしてるんじゃなくて?」

「何か問題でもあったかな、圭一くん」

「デザートフェスタのチケット、1枚で……4人までなんだよ……」



 長い沈黙の中、渇いた笑いを見せたのは魅音だった。

「あ、あはははは! よ、4人じゃしょうがないねぇ」

「そ、そうでございますわ。決まりは決まりですもの」

「みぃ、かわいそかわいそなのです」

「………」

 俺はレナを除く3人の顔を…その奥に潜むものを見逃さなかった。申し訳無さそうに言っては

いるが、誰一人「自分が抜ける」とは言っていない。これは間違いなく……

「まさかお前ら……」

「そう、そのまさか!! 部活メンバーなら部活メンバーらしく、ここは部活で脱落者を

決めようじゃないの! 罰ゲームは当然デザートフェスタ辞退!! これでどう!?」

 エンジェルモートの前で魅音は高らかに急な部活を提案した。当然これには俺は反対する。

「お、おいおい! このチケットは俺のだぞ!? とても言えないが努力の結晶なんだぞ!?

横取りもいい所じゃねぇか!」

「おやおや〜? 圭ちゃん、怖いの? それに悪いのは圭ちゃんなんだからねぇ。こんなものを

おじさん達に黙ってるんてさ」

「ぐ……」

「しかもレナさんだけ誘うなんて、どういうつもりですの!?」

「は、はぅ、ご、ごめんねみんな」

「レナは悪くないのです。悪いのは欲望丸出しな圭一なのです☆」

 梨花ちゃん…?

 そ、それより、なんか予想外の事態になってきたぞ!? な、何でこんなことに……



「第一回、チキチキエンジェルモート潜入対決〜!!」

「ちょっと待て〜!!」

 またしてもエンジェルモート前で高らかに魅音の口から発せられた言葉は何かがおかしかった。

「何だよそのチキチキって。というか潜入!?」

「やはりこういう安っぽいタイトルにした方が面白いのです☆」

「いや、そういう事じゃなくて…」

 しかし俺のツッコミも空しく、魅音の司会は続く。

「ルールは簡単。どれだけ自然にエンジェルモートへ入れるか。それを競うよ!」

「み、魅ぃちゃん…チケット無しでそんなの無理だよぉ〜…」

「そ、そうですわ! いくらなんでも無茶がありますわ!」

「甘い! 甘いぞ諸君!! そんな弱音を吐く奴は我が部活にいる資格はない!!」

 いや、そんな事言ってもなぁ……。いくら部活とはいえ、攻略法が見当たらないぞ……

「ボクは大丈夫です。いつでも行けますです」

 しかし梨花ちゃんはやる気マンマンというか、自信がみなぎっている。何処にそんな自信が?

しかし俺達はこの種目が梨花ちゃんにバッチリ合っている事を思い知らされることとなる。


 という事でまずは梨花ちゃんから。梨花ちゃんは真っ直ぐエンジェルモートへ入っていく。

まぁ、ここまでは誰にだって出来る。だが入ってからが問題だ。すぐ受付に引っかかってしまう。

「梨花ちゃん、どうやるのかな、かな?」

「あの梨花のことですわ。きっと何かやるに違いありませんわ」

「それは同感だな。お、やっぱり捕まったぞ」

 やはり受付に足止めされる梨花ちゃん。さぁ、どうする!?

「お嬢ちゃん、今日はデザートフェスタって日なの。チケットが無いと入れないのよ?」

「みぃ…」

 相手は女性だ。いくら萌え落としの梨花ちゃんといえど、その威力は異性に絶大であって同姓

にはあまり効果は無い。ここで終わりか!?

 だが次に梨花ちゃんから発せられる言葉は想像以上のものだった。

「…お兄ちゃん!」

「えっ!!?」

 その時、梨花ちゃんはその言葉を言いながら店内にいるいかにも濃い客に笑顔で近づいていった。

「お兄ちゃん、見つけたのです☆」

「おお、お兄ちゃん!? せ、拙者がでござるか!?」

「みぃ☆ 一杯デザート食べさせてくれるって約束したのです。…それとも、お兄ちゃんは

ボクの事、忘れてしまったのですか?」

「とと、ととと、とんでもないでござる! いいでござるよぉ〜☆ ハァハァ、妹キャラ萌え〜☆」

「と、いう事なのです。入ってもいいのですか?」

「そういう事なら」

「………」

 開始10秒。10秒、10秒だ。秒殺……俺達は言葉を失っていた。そのあまりにも鮮やかかつ

卑怯な手口を目の当たりにして。

「ひ、卑怯だ…卑怯すぎる!! 確かにどんな手も使っていい部活だがこれは……」

「はぅ〜〜☆ レナも梨花ちゃんにお姉ちゃんって呼ばれたい〜〜☆」

「正に梨花にしか出来ない芸当ですわ…」

「うん、合格だね。嘘っぽくなく、中々に自然な感じで入れた。流石は梨花ちゃんだよ」

 みんなで今の梨花ちゃんの所業を褒めていた(一人はおかしくなっているが)。だが、同時に

俺は一つの疑問を口にした。

「……ちょっと待て? これならもう4人という事で入れるじゃねーか。梨花ちゃんは入った

んだし」

「そ、そういえばそうだね。もう部活をする必要は……」

「甘ぁ〜〜〜〜い!!」

 ビシッ、と魅音は俺達を指差す。そしてちっちっち、と指を左右に振る。

「それはそれ、これはこれ。でも、裏を返せば合格すれば罰ゲームを受けなくていいんだよ?

ほら、お得な感じ、してきたでしょ?」

「全くしねぇよ!」

 というか、これじゃあチケットの意味無いじゃんか!! ち、ちくしょ〜〜…折角手に入れた

チケットだっていうのに……

「よーし、今度はおじさんが行こうかね〜。くっくっく」

「何だよ、いやに自信ありげじゃねぇか。まさかとは思うが、梨花ちゃんと同じ事なんて

お前には無理だからな」

「おじさんもそこまで自惚れていないよ。…でも、忘れてない? このエンジェルモートが

園崎の………ね。分かるでしょ?」

「!! お、お前、まさか!!」

 魅音はくっくっく、と笑みを浮かべてエンジェルモートへ入っていく。ち、ちくしょお〜〜!

あいつ汚ぇ! 次期頭首の力で顔パスしようとしてやがる!!

「く…部活の規則ですから反対できないですわぁ!」

「はぅ、これで魅ぃちゃんも確定、かな、かな…」

 魅音は悠々とエンジェルモートへ入り、受付に………受付…あれ? あれって…

「ちょ、詩音? アンタどうして受付なんてやってるの」

 そう、何故か受付の人がいつの間にか詩音に変わっているのだ。

「はぁいお姉☆ なんか、面白そうな事やってるみたいじゃないですか」

「そ、そうなんだよね。だからさ、ほら、ちゃっちゃっとやっちゃってよぉ〜。ね?」

「却下」

「……え?」

 即答。詩音は笑いながら冷たすぎる拒絶を見せた。魅音は訳が分からず目が点になっている。

「だから、却下です☆ お姉、困るんですよねえ〜。確かに面白くはあるんですけど他のお客様に

示しがつかないんですよ、こういう事されると」

「で、でもでも!」

「もぉお姉。見苦しいですよ? いくら誘って貰えなかった腹いせだからって……」

「ッ!!?」

 何だ? 何か詩音が魅音に耳打ちして…あれじゃあ何喋ってるのか分からないな。

「何ですの? 魅音さん、急に顔を真っ赤にさせて…」

「わぁ、魅ぃちゃん、ゆでだこさんなんだよ? は、はぅ〜☆ お持ち帰りぃ!」

「ね? そういう事だからここは大人しくみんな仲良くで我慢しなさいな」

「うぅ……し、詩音嫌いぃいいいいいい!! 嫌い嫌い嫌いぃぃいいいいぃ!!」

 満面の笑みの詩音と半泣きの魅音。何だか分からないが魅音は何か負けたようだ。こっちに

走ってきて、レナの胸にダイビングする。

「レナ〜〜!」

「はぅ〜☆ よしよし、魅ぃちゃんかぁいい。おお、お持ち帰りぃいいいい!!」

 レナ、お前のそれは慰めじゃない。

 それはともかく、魅音は何をどうやって詩音に撃退されたんだ?

「うぅ……。部長、園崎魅音からみんなへ。今日の部活、終わりね」




「「えええええええええええええ!!?」」

 な、何ぃいいいいいいい!? ど、どういう事だ!? あの魅音が自分で部活をストップする

なんて!? て、天変地異だ! 今すぐ天変地異が起こるぞ!!?

「どどど、どうしたのかな魅ぃちゃん!? 何があったのかな、かな!?」

「み、魅音さんらしくないですわこんなの! 部活の強制終了なんて…前代未聞ですわぁ!」

「そうだぜ魅音! 詩音に何を言われたか知らないが部長のお前がそんなんじゃ…」

「ごめん…こと今日においてはおじさん、絶対にあいつに勝てない…。梨花ちゃんが自力で入れたん

だから、もう圭ちゃんのチケットで入ろう?」

「み、魅音……」

 だ、駄目だ。あの魅音が完全にノックダウンされちまってる。詩音…恐ろしい娘!

「ま、まぁ部長の魅音さんが言うんなら仕方ありませんわ。行きましょう皆さん」

「そ、そうだね。みんなで仲良くが一番だよ…はぅ」

 二人とも、声がどもってるぜ。きっと、何も考えつかなかったのだろう、潜入方法が。…まぁ

俺もだけど。

 店に入る途中、詩音が俺の傍に寄ってくる。

「ん? どうした詩音」

「サービスですよ、圭ちゃん。私としても、あれだけ頑張った圭ちゃんの努力をお姉に駄目に

されたくありませんもの」

「……あ」

 そ、そういう事か。詩音、俺の赤裸々回想の味方をしてくれたのか……いや、というかその位

して貰わないと割に合わないというか…特にあの地獄の罰ゲームのようなエンジェルモート服を

着ての恥辱……忘れるものか…

「でもサンキュな。…詩音って、そういうサービスはしないものと思ってたんだけど。どちらかと

言うと追い詰める方…」

「圭ちゃん? 折角のチャンス、逃すんですか?」

「い、いえ! 詩音さん最高っす!! もう一生ついていくっす!!」

「それでよろしい☆」

 うう……これって、ただ餌を食わされただけじゃないのか? 詩音、恐ろしい娘!



「みぃ☆ みんな、駄目すぎなのです。ボクの一人勝ちなのです、にぱー☆」

 現地妻ならぬ現地お兄ちゃんから離れ梨花ちゃんは俺達と合流する。ただ一人の成功者は

褒め称えよと言わんばかりに毒を入れて笑顔を振りまく。誰も何も言えない。

「魅ぃ、部長さんなのですからもっとしっかりしなきゃ駄目なのです」

「はい…面目ない…」

 う〜む、梨花ちゃんが魅音を説教か。珍しい光景だな。

「よし、気を取り直してデザート食べるとしようぜ?」

「そうだね。はぅ〜、かぁいいのが一杯なんだよ〜☆ お持ち帰りぃ!!」

 するとレナはかぁいいモード全開でデザートを凄まじい勢いでトレーに乗せていく。みんなも

レナに続くようにデザートを選んでいく。やがて俺達のテーブルはデザートで埋め尽くされた。

「……っていうか多すぎじゃねぇ!?」

「をーほっほっほ! この位の量、全然普通ですわ」

「女の子にとって、デザートってのは別腹だからねぇ。身体に何個もデザート用の胃が用意

されてるんだよ」

 魅音、それは人間じゃない。

「はぅ〜☆ 美味しいよぉ〜」

 もう食ってるし! うおお!? レナの奴、カメレオンのように舌を伸ばして神速の勢いで

デザートを食べ…いや、暴食していく! なんて凄まじい食べっぷりだ!

「あ、こらレナ! それおじさんのだよ!」

「これはうかうかしてられませんわ! 梨花、レナさんに食べられる前に食べますわよ!」

「みぃ、そう言って沙都子は一杯食べる口実を作るのでした☆」

「梨花ぁ!」

 うーむ、やはりというか何というか。部活メンバーが揃うと何処であろうと騒がしい。だが

こうやっていつも馬鹿騒ぎ出来るのが俺達のいい所だと思う。

 そんな事をしみじみと思いながら俺もレナに捕食される前にデザートを食べる。

「しかし、甘い物を食べるのも久しぶりというか何というか。最近は味噌汁ばっかで塩分の摂取が

高めだったからなぁ」

「圭一さんがあんな美味しいお味噌汁を作れる事自体、未だに不思議でなりませんわ」

「そうだねぇ。いつぞやの弁当対決の時は料理以前の問題だった圭ちゃんが、だもんね」

 そう。俺自身、この結果にはびっくりしている。

 始まりは本当に些細な事。

「圭一がレナにとんちきな事を言った事が全ての始まりなのです」

「ぐ…」

「はぅ……」

 俺もだがレナも梨花ちゃんの言葉に赤面してしまう。未だにあれは恥ずかしい。俺の馬鹿さ加減が

滲み出ている一件だったからなぁ。まぁ、そのおかげで今日に至る訳だが。人生って分からない

もんだよな。

「圭一くん、本当に凄いよ。たった一週間位であんなにお味噌汁を上手に作れるようになるなんて」

「そうでしてよ。以前はあんな大量に味噌を入れたお味噌汁を作っていた圭一さんが。一体何が

そこまで圭一さんを突き動かしたのでございますの?」

「う〜ん。そうだなぁ…」

 それは……どうしてだろう?

 最初は軽い気持ちだった。味噌汁を作るには色々理由があった訳だが、いつの間にか俺の中で

味噌汁作りは重要なものと化していた。美味しく作りたい、俺の作った味噌汁でみんなを

喜ばせたい。そう思うようになってきたんだ。

「へぇ…。圭ちゃん、それ料理を作る時に大切な心がけだよ」

「うん、そうだね。レナも学校でみんながお弁当を食べて美味しいって言ってくれると嬉しいよ。

美味しいって言ってくれる時の笑顔を見て、あぁ、作ってよかったなって思ってまた更に美味しい

物を作ろうって気になるもの」

「そうだな…レナの言った事が当てはまるかな。あの味噌汁採点の時、みんなが美味しいって

言ってくれた時…嬉しかったよ」

 笑顔が見たいから、か。確かに美味しいと言ってくれると今度はもっと美味しい物を作って

みせるぞ! って気になって、のめり込んで……つまりはそういう事なのかな? 俺は自分でも

驚く位に味噌汁にどっぷりハマっちまったって訳だ。

「ま、味噌汁は作れるけど他のはまるでからっきしだけどな」

 少し照れながら俺が言うとみんなは笑った。

「でも何か出来るようになるのはとてもいい事なのです。圭一はお味噌汁を作る事から大事なものを

幾つか学んだのです」

「あぁ、梨花ちゃんの言う通りだ。俺も少しは人の気持ちを考える事が出来るようになったよ。

もう前のような失敗はしない」

「おやおやぁ? 圭ちゃんの鈍感さは筋金入りだからなぁ。そう簡単に治るとは思えないけど?」

「魅音てめぇ! ……まぁ、それについては否定できない所が悲しい。それは俺も素直に認めるよ」

 …でも、そんな鈍感な俺でも何とか分かった事はある。俺は何となくレナの顔を見る。

 先日、俺の家での出来事…そしてその時に気付いてしまった事。流石に俺でもあそこまで

されたら気付く。…後はそれをどう受け止めるかだ。

「何々〜? 圭ちゃん、似合わないニヒルな顔つきになっちゃって」

「はぁ? そんな顔してたか?」

「してたのです。フッ、みたいな感じだったのです」

 うわ、何でそんな顔に!?

「あ〜、やめ! やめやめ! ほら、みんなデザートは別腹なんだろ? 食おうぜ!」

「そうですわね。折角食べ放題なのですから、圭一さんのお味噌汁な話なんてどうでもいいですわ」

 沙都子、それちょっと酷くねぇ?

「うふふ。沙都子ちゃん、まだまだ話より食べ物だね、だね」

「沙都子〜、食い気が張っちゃってるよ〜?」

「食い意地張ってますです☆」

「だっはっはっは! やはり子供よの〜!」

「ううぅ〜〜〜!! むがあああああ!」

 いつものように沙都子をいじって楽しむ俺達。更には詩音がカボチャで作ったデザートを持って

きて食べさせようとして騒ぎになった。


 その後も魅音と詩音の対決、梨花ちゃんの店の男どもを骨抜きにする大作戦、逆襲とばかりに

沙都子のトラップに嵌められる俺達。レナのかぁいいモードで梨花ちゃんと沙都子お持ち帰り未遂

などなど、色んな事が起こった。俺か? 俺は仲違いとなった亀田くんとの直接対決をした。もちろん

亀田如きが俺に勝てる訳も無く、俺の圧勝。すると亀田くんは恐れ入りましたと言って一生俺に

ついていくとか何とか暑苦しいことこの上なかった。…勝負は何かって? …強いて言うなら

話し合い? 何についての話し合いと言うのはご想像にお任せする。


 そんなこんなでエンジェルモートで一日を過ごした俺達は散々場を荒らすだけ荒らして

帰る事となった。本当にあっという間だった。本当はレナと二人だけで過ごすはずだった一日が

部活メンバーの全員集合でとてつもなく面白いものになった。やっぱりみんなと一緒に過ごすのが

一番楽しいんだなと思い知らされる一日だった。

 確かにみんなと遊んだ事は良かった。だけど、俺はレナと二人きりになりたいと思っていた。

その理由は答えを出す為だった。この数日間、俺が追い求めていたものの答えをレナに告げる。それが

今日の目的だった。

 そしてその時は来た。梨花ちゃんと沙都子、魅音と別れ、いつもの帰り道、いつものように

俺とレナは二人きりになり歩いていた。

「今日は楽しかったね圭一くん。誘ってくれて、どうもありがとう」

「いや、それは別に礼を言う必要はない」

「え?」

「あ、いや、何でもない何でもない」

 ふー、危ない危ない。チケットを手に入れた理由だけは知られる訳にはいかない。こればっかりは

俺の胸の内にしまっておかなければいけない。あぁ、俺って奴は……

 それからはエンジェルモートでの余韻を噛み締めているのか、互いにまったりとした感じで

何も話はしなかった。もう満たされていて話す必要もない、そんな感じだ。そんな感じなので

いまいち切り出せない。だけど早くしないともうレナと別れる道まで来てしまう。

「圭一くん」

「ん?」

 そんな事を考えているとレナが俺の名前を呼んだ。お互いに足を止める。

「何かレナに話したい事があるんじゃないかな、かな?」

 予想外の言葉に俺はえっ? と間の抜けた声を出してしまった。

「な、何でそう思うんだ?」

「えっと…何となく、かな? 圭一くん、ここまで来る途中に頭掻いたりキョロキョロしたり

ちょっと変だったから」

 嘘!? 俺、自分でも知らない内にそんな事してたのか? というかそんな僅かな仕草を

見逃さないレナも凄いけど。

「ていうか、それで俺が何か話したい事があると思うのか?」

「あ、違うならそれでいいんだけど」

「いや、まぁ…正解なんだけどよ」

 くっ、まずい。急にこんな展開になるから話し辛くなってしまったぞ…。いやいや、ここで

尻込みしていては口先の魔術師ではない! こういう事はずぱっ! とだ。ずぱっ! と。

「ほら、この前のお泊り事件の時さ」

「じ、事件……あれって、事件だったのかな、かな?」

 十分に事件だったと思うぞ、あれは。

「まぁそれは置いといて。あの時俺さ、味噌汁の極意について分かったって言ったじゃんか。

あれから少し時間も経ったし俺なりの答えを言おうと思ってな」

「は、はぅ……そ、そうなんだ」

 夕陽のせいなのか、それとも別の理由か、レナの顔は赤いように見える。まぁその気持ちは

分かる。俺の考えが確かならレナが作る味噌汁に込められたものも明らかになるんだから……

それはつまり……

「…味噌汁の極意、いや、料理の極意…それは―――」

「ちょっと待って!」

「うおっ!?」

 俺の答えはレナの叫びにも似た制止の声に阻まれた。というかビビった。

「ご、ごめんね? ちょっと深呼吸してもいいかな、かな?!」

「あ、あぁ。いくらでもいいぞ」

 すー、はー、と何回もレナは深呼吸を繰り返す。やがて落ち着いたのか俺の答えを促すように

頷いた。

「……どうぞ」

「おう…」

 ついに…この時が来たか。この数日間、俺がやってきた事の答えが今……

「……極意、それは…………あ、愛…愛情……なの、かな?」






 沈黙。あ、カラスが鳴いている。かーらーすー、何故鳴くの〜。

「は………はぅ………」

 するとレナから蒸気が……じょ、蒸気っ!?

「お、おい、レナ? ど、どうなんだ? 合ってるのか? 合ってるなら合ってるって言ってくれ!

これじゃ俺、生殺しじゃねぇかよ〜、おい〜!!」

 恥ずかしさでその場でジタバタする俺。きっと他人から見たら訳分からない状況なんだろうなぁ、

ちくしょー!

「あ、あ……」

「あ?」

 喋った。レナは喋ったのだが……言葉になってない。俺はレナの返答を待った。そして…

「正解…だよ、だよ……はぅ…」

「お…」

 正解……正解…正解……

 当たったのに俺は一瞬脳が停止したかのように止まってしまった。嬉しさよりも、恥ずかしさが

何故かこみ上げてきて……

「りょ、料理は愛情って言うもんな!! そういえばそうだったって俺も思ったよ!! あ、あは、

あはははは!! はは……」

「……」

 あかん。空気が悪い。

 気まずい…またカラスが鳴いている。ひぐらしも鳴きっぱなし。だけどそんな音も俺達の耳には

通っていない。聞こえるのは心臓の音。

 あーあー、レナなんてぷしゅーって音が聞こえる位顔から蒸気が……俺もそうなのかも。

「………でも…ね」

「え?」

 ようやくレナが喋った。少し上目遣いで俺を見てレナは…

「でも、愛情も二つ種類があるんだよ……」

「………へ?」

 な、何だって!? え…二つ!?

 思いもよらないレナの言葉に俺は動揺を隠せなかった。

「一つは、親愛、いつくしむ心……もう一つは……」

「も、もう一つは…?」

「………ナイショ☆」

「だぁ!」

 滅茶苦茶期待していたオチがそれだったので俺は盛大にコケてしまった。レナはちょっぴり舌を

出してごめんと笑った。

「レナが言えるのはここまで。でも、言わなくても分かるよね…よね?」

「あ…その、えっと…」

 まずい。また急展開で頭がよく回らない……。親愛ともう一つ…………あ

「……あ」

「あはは! 何だろうね、だろうねっ!? じゃあね圭一くん。また明日!」

「あ、おいレナ!」

 俺がその事に気付いたのを見てレナは逃げるように自分の家の方角へと走っていった。俺は一人

その場に取り残されてしまった。

「………はー……心臓バクバクいってるぞ…」

 レナ…今のは爆弾発言にも程があるぜ……

 親愛ともう一つ……それは…


 相手を想う、恋心……







「おはよっ、圭一くん☆」

「よぉレナ、おはよう!」

 あの爆弾発言から数日後。あんな事があったにも関わらず俺達の仲は相変わらずだ。あの日の

次の日こそお互い意識してしまいみんな(特に詩音と梨花ちゃん)にからかわれて赤面の日々だったが

今は落ち着いたもので元の感じに戻りつつある。

「よっ、お二人さん! 朝っぱらから元気だねぇ。ま、圭ちゃんが元気なのは下腹部辺りか―――」

スパパーーン!!

 ……元の感じに、元の……。おー、痛ぇ。本当にキレが増してきているな、最近。


 あの味噌汁騒ぎ。後に「味噌汁の変」と呼ばれる一件は少なからず俺達に影響を及ぼしたようで

俺達部活メンバーの間で味噌汁はちょっとしたブームになっていた。休み時間、授業を問わず

熱い時はとことん味噌汁について語り合うのがもっぱらだった(周囲からは奇異の目で見られて

いたような気はするが)。一番変わったのが昼飯。いつもの弁当の他にみんな味噌汁を作って

持ってくるようになっていた。そして部活という事で味比べで争いあっている。ポイント制で

その月で一番駄目だった奴がスペシャルな罰ゲームを受けるという事にまで発展。今のところその

罰ゲームは魅音が練りに練っている。きっと、死ぬ方がマシな位の超絶罰ゲームが待っているのだろう。

順位はやはりダントツなのがレナ。次に俺。そして梨花ちゃん、魅音、沙都子となっている。だが

俺もうかうかしてられない。少しでも手を抜いたらすぐに追い抜かれるに決まっている。だから毎日

味噌汁の修行に余念が無い。


 相変わらず雛見沢での毎日は笑いに包まれている。

 その楽しい毎日のネタが味噌汁ってのもちょっとどうかと思う時もあるけど。


 結局、爆弾発言以降俺はレナに何も言ってはいない。…言う必要が無い位毎日が満たされている

せいなのかもしれない。

 だけどいつかはレナの気持ちに答えてやらないといけない時がくるかもしれない。

 レナ…それにみんな。一緒にいて全く退屈しない。俺以外みんな女の子だけどそんなの関係

ない位、俺達は仲がいい。

 特にレナには感謝している。俺に色んな大切な事を教えてくれた。味噌汁の事、相手への思いやり、

そして……

「はぅ?! け、圭一くん?」

 気付いたら俺はレナの頭をいつものように乱暴に撫でていた。あまりにも自然すぎて俺もレナ

同様に驚いている。

「あ、あぁ、悪ぃ、悪ぃ。何かレナの頭を撫でてやりたくってさ」

「そうなんだ……はぅ」

「おーおー、見せてくれるねぇお二方〜! 撫でてやりたくってさ? くっさー、臭いよ圭ちゃん!」

「み、魅音てめぇ!」

「魅音空気読めなのです☆」

「やれやれ、ですわ」

 今のは何だろう。いつもやってるのとは少し違うような……

 もしかすると、こういうのがレナの気持ちへの俺なりの表し方なのだろうか。

 だとしたら俺って奴は……


 だから少し、そう、一歩進もう。


「レナ、ありがとうな」

「? よく分からないけど、どういたしまして」


 笑顔には笑顔を。気持ちには気持ちを。

 この一歩がどうなるのかはまだ分からない。

 だけど……

 きっと、素晴らしいものになる事だってのは確かだ。

 それだけは誓って言える。

 だって……


 こんなにも優しい笑顔が俺を迎えてくれるのだから――――





END




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