「レナ、俺と味噌汁勝負をしてくれ!!」



 私の味噌汁を飲んだ圭一くんが突然そんな事を言ってきた。最初、何を言われたのか

呆然としていてちょっと理解できなかったが、指を私に向ける圭一くんの瞳は燃え盛って

いた。目がマジだ。なんか殺気まで伝わってくるよ〜。


 圭一くんが何でそんな事を言ってきたのか。理由は何となく分かってしまった。あれだけ

勉強して、頑張ってたのだ。それを私が簡単にそのお味噌汁を超えたものを作ってしまった。

 だから圭一くんは悔しくてそんな事を言ったのだ。

 ご褒美としてちょっと張り切って美味しいものを作ってしまった事が、逆に圭一くんの

努力、プライドを傷つけてしまったのだ。その事が、私にはもどかしい……


「ど、どうしてかな、かな?」

 知っていて、私は理由を聞いた。聞いてしまった。余計な事だと思いつつも。

「レナの味噌汁を飲んでさ、思ったんだ。俺はこの味噌汁を打ち破らなければならない。

そう、これは使命なんだ! 俺はもっと味噌汁を極めなければならない!!」

 圭一くんは何処か遠くを見て、何やら叫んでいる。えっと……

「あの、圭一くん…」

「へへっ、ありがとよレナ! 俺、目覚めちまったようだ。何かを作る事って、こんなにも

楽しいものなんだってな! 絶対レナを超えてやる! そうする事により、俺は一つの壁を

超える事になるからな!!!」


 私の提案した事は、私の予想の範疇を超えたものになってしまった……





ひぐらしのなく頃に 味噌汁の変 第五話






「勝負はまた3日後な。これからまた味噌汁の修行に明け暮れるから、すまないけどみんな

これでお開きな」



 圭一くんはそう言って悪い言い方をすると私達を追い出した。当然みんなが何も言わない

訳がなく……

「何ですかアレ?」

「ん〜〜…おじさんにもちょっと解りかねるね」

「レナさんのお味噌汁が美味しかったから悔しかったのではありませんこと?」

「ありえる事なのです。圭一は相変わらず分かってないのです。腕は向上してるのに

肝心な所がすっぽ抜けてるのです」

「梨花、どうしてちょっと引きつって笑っていますの?」

 笑ってはいるが、梨花ちゃんは怒ってる。それもかなり度合いは高い。確かに私も

ちょっとイライラしてはいるが、そもそもこの事態が私のせいなのだから怒るのはお門違い

なのだろうけど…

 お味噌汁を作り、そして美味しいものを作ろうとする気持ちから人の事を考えるように

更生させようという「圭一くん更生計画」は、ある意味成功したのだけれどそれは新たな

問題を生み出してしまった。何かに一生懸命になるのは良い事なのだろう。だけど何か

違う気がする。そんな気がするのは、もしかしたら私が圭一くんの為に美味しいお味噌汁を

作ってあげたのに、それがこんな事になってしまった事に対する苛立ちなのかもしれない。


 結局の所、私はどうしたいの?


 私は、いつも通り圭一くんと仲良くしていたい…と思う。別に今仲が悪いとかじゃないけど

対決するって事はいつも通りな感じで圭一くんと話とかできない訳で……

 それが後3日も続く。もしかしたらそれ以上続く事になるかもしれないし…

 あぁ、もう、さっきから圭一くん圭一くんって思ってばっかり。自分でも恥ずかしい…


 とにかく、私はどうすればいいのか? こういう時1人で考えては駄目だ。昔、誰かが

教えてくれたようにすればいい。

「ねぇみんな。レナ、どうすればいいと思うかな、かな?」

「え? 味噌汁勝負の事?」

 魅ぃちゃんが訊き返してくると私は頷いた。

「あのね、レナは勝っちゃうと圭一くんが余計にムキになっちゃうと思うの。そして

また今日の繰り返し。圭一くんは更にお味噌汁にのめり込んでいく…」

「レナは圭一に味噌汁を作る事を止めて欲しいのですか?」

 梨花ちゃんがそんな事を口にする。

「ん……そう、かな。圭一くんが料理出来るのは良い事だと思う。でも、今のような感じで

みんなを蔑ろにするのはよくないと思う」

「なるほど。人の気持ちを考えさせる為のお味噌汁作りが、逆に人の気持ちどころか

味噌汁作りに没頭してしまって考え自体が無くなってしまうという事ですね」

 詩ぃちゃんの言った事は的確だ。頑張っている圭一くんには悪いけれど、圭一くんの

頑張りは度を超えてると思う。そしてそれは私の責任でもある。だからこそ、私が

止めなければいけないんだ。

「レナ、そこまで自分を責めなくてもいいよ」

「そうですのよ。悪いのは圭一さんですわ」

「ううん、自分で蒔いた種は自分で取らなきゃ」

 私のやるべき事は決まった。でも、お味噌汁勝負の問題はまだ残っている。

「みー、難しいのです。レナが勝てば結果は目に見えてますです。でも負ければ圭一の

事です。増長して舞い上がってまた変な事になりかねないのです」

「今の圭ちゃんの事だ。きっと「うはははは、これで俺は味噌汁マスターに一歩

近づいたぜー!」とか何とか言って、更に味噌汁への想いを増幅させるよ」

 みんな、頭を悩ませる。勝っても負けても結果が変わらない。ではどうしたらいいのか?

「いっそのこと、お味噌汁を作らせるのを止めさせたらいいのではなくて?」

「沙都子…それはちょっと無理があるのです」

「いや…もしかしたらいい手かもしれませんよ」

「え…詩ぃちゃん?」

 沙都子ちゃんの直接的な考えを詩ぃちゃんはいい手だと言う。確かに、圭一くんから

お味噌汁を作る事を取ってしまえばいい事はいいんだけど…

「今の状況を将棋としましょう。完全に王手、手もなく詰みです。それをどうすれば

いいか? そんなの簡単です、将棋盤をひっくり返してしまえばいいんですよ」

「はぁぁ!? ちょっと馬鹿詩音、何言っちゃってんのよアンタ! そんな掟破り――」

「じゃあお姉は他に何か考えがあるんですか?」

「う……う〜〜ん……」

 あ〜。魅ぃちゃん、詩ぃちゃんには口で勝てないんだから無理しちゃ駄目だよ。

「今の圭ちゃんから味噌汁を取るのに掟破りなんて些細な事です。皆さん、いつも部活で

どんな手も使ってるじゃないですか。それと一緒です」

「魅ぃちゃん、一本取られたね」

「く〜〜、部活の事を詩音に言われるとは〜。魅音、一生の不覚…」

 うなだれる魅ぃちゃんを私はよしよしと慰める。

「でもどうするんですの? まさか圭一さんを縄で縛って閉じ込めるとか…」

「ふふふ、いいですねぇ。園崎家秘密の地下室にでも閉じ込めておけば」

「みー☆ 鬼隠しの出来上がりなのです☆」

「ちょ、ちょっと2人とも。それ、何か違うよ〜」

 2人が暴走する前に(もうしてる)何か考えないと…。えーと、えーっと……

「圭ちゃんから味噌汁の記憶を全て無くすってのは?」

「う〜ん、頑張ってきた圭ちゃんには申し訳ないですが、それもいいですね。じゃあ

秘密の地下室に拉致監禁して、マインドコントロールを……」

「そ、それは犯罪じゃないんですの?」

「ちっちっち、もう少しすると綿流しがあるじゃない。鬼隠しがあったとしても誰も

疑問に思わないよ」

「みー、圭一は今年の生贄なのです☆」

「だ、だから物騒な話はやめてーーーー!」



 結局、圭一くんにお味噌汁を作らせないまでは会議が進んだのだが、それからが難航

してしまい(というか、みんな悪ふざけで全く案が出ていない)時間も時間でお開きと

なってしまった。


「はぁ…」

 晩御飯を食べ、お風呂に入りベッドに寝転がると私は溜め息を吐いてしまった。勿論原因は

今日の事、そして圭一くんの事にある。

 どうすれば圭一くんを止められるだろうか。何をやっても無駄のような気もするけど

何もやらないよりかはずっといい。

 ……でも、私も最初料理を上手く作れた時って圭一くんほどではないけれど凄く

はしゃいだっけ。その時はとにかく嬉しくて、周りの事なんて全然関係なくって

どんどん美味しいものを作りたいって感じだったっけ。

 だから圭一くんのあの反応も分かる。悔しくて、たまらないだろう。

 これ以上何かやれば火に油なのは目に見えている。でもこのままだといけない。

 いい手と言えば、沙都子ちゃんや詩ぃちゃんが挙げたお味噌汁を作らせない事。でも

上手な方法が思いつかない。みんなで考えても方法は見つからなかった。…それほど

圭一くんの暴走を止めるのは難しいという事なのだ。…思い切って圭一くんのお味噌汁に

関しての記憶が無くなるまで私がこの手で……だ、駄目駄目。それじゃあ今まで圭一くんが

やった事全て無駄になってしまう。圭一くんには料理を作る時の気持ちとか、そういうのを

持っていたまま今までの圭一くんに戻ってほしい。




「…ちょっと待って…」


 ………でも、それはエゴじゃないのか?

 これでは私は私の望む形にしたいだけだ。圭一くんの気持ちなど無視して自分が満足できるよう

一方的に。

 これでは私が圭一くんに言った事は嘘になる。

 人の気持ちを考える?

 今の私こそ、人の気持ちなんて考えていない。偉そうな事を言って私だけちゃんとしていると

思って…何なんだ、私は。




 考え直さないといけない。

 圭一くんの気持ちも考えた本当の解決策を。

 今は無理でも、きっと見つかるはず…

 だから……いま……は……


「すぅ……」





「駄目だ…やっぱレナって凄い…」

 夕飯の後、俺はもう一度味噌汁を作ってみた。しかしレナの味噌汁には到達しない。全然かすりも

しなかった。

 味はいいはずなんだ。レナのものともそこまで大差はないはず。

 だがレナの味噌汁は俺のものよりずっと美味しかった。いや、違うな。ただ美味しいだけじゃ

ないんだ。確かに今までレナが積み上げてきた料理の腕は俺を遥かに上回る。それも合わせて

レナの味噌汁は俺のものと何かが違う。それが何かはまだ分からない。分かったら苦労は

しないだろう。

 …レナの味噌汁、飲んだらなんか温かくなるんだよな。味噌汁は温かいものだけど、そういう

意味じゃなくてこう……そう、胸が熱くなるんだ。安心するというか、何というか……

 一体どうすればあんなものが作れるんだ? 俺だってみんなに美味しく飲んで貰おうと気持ちを

込めて作っている。…だけど、どうもそれだけじゃないようだ。まだ何か秘訣があるんだ。

「……ちょっと、あれは早まったかな…」

 あの時はなんか悔しくてあんな事咄嗟に言ってしまったが、レナに失礼だったかもしれない…

もしかしたら、こんな事言う時点でレナの味噌汁を越えられないのかもしれないな。

 やっぱり、言わない方がよかった。こうして時間を置いてみたら分かった。

 そうだよな…レナは頑張った俺の為に味噌汁作ってくれたんだもんな。今更撤回するのは

自分勝手だって思うけど、ちゃんと話せばレナだって分かってくれるはず。

 味噌汁勝負はやっぱ止めよう。そして謝ろう。

 例え身勝手な奴だと蔑まされても、それが俺の気持ちだ。


 だから今は眠ろう。

 自分の恥を悔いて。


つづく




戻る 次へ



inserted by FC2 system