朝起きる。最近は起きたらすぐ「味噌汁作るぞぉっ!!」だったのが今日はなかった。

 それもそのはず、今日はレナに勝負の取り消しを言わなきゃいけないんだ。改めて勝手な事を

言おうとしているよ俺は。

 でも言わなきゃな。

 やば、そう思うとなんか心臓がバクバクしてきたぞ。いやいや、どう思われようともやらなきゃ

いけないんだ。しっかりしろ圭一!

 あぁ〜…くそっ、こういう時は…


 味噌汁を作るしかない!!





ひぐらしのなく頃に 味噌汁の変 第六話






「圭一、何ソワソワしてるんだ?」

「えっ? そ、そうかな?」

 テーブルに父さんと母さんの味噌汁を置くと、父さんはそんな事を聞いてくる。

「そうねぇ、確かに」

「母さんまで…。ほ、ほら、早く食べようぜ?」

 何故か俺はこの話題を逸らしたかった。そうだ、俺の作った味噌汁を飲めばこんなぎこちなさ…

「ぶはっ!」

「父さん!?」

 味噌汁を飲んだ父さんがいきなり吐き出した。一体何が!?

「ごほっ、ごほっ……な、なんだこれは…どうしたんだ圭一」

「ど、どうしたんだって、何が?」

「もしかして……」

 すると母さんは俺の味噌汁を指につけて舐める。すると眉間に皺を寄せて口を手で覆った。

「やっぱり……圭一、味噌入れすぎよ?」

「何だって!? そ、そんな馬鹿な…」

 俺も母さんに習って味噌汁を指につけて舐める。






 何だこれは!?

 こんなの、俺の作った味噌汁じゃねぇ! しょっぱ! 味噌すぎ!!

「圭一、本当に大丈夫? 何かあったの?」

「何もない。何でもないから」

 落ち着け、落ち着くんだ圭一。

 原因は分かる。レナにどう言うか考えて……考えが浮かばなくて。

 それで動揺しているんだ。時間が迫って焦って、そう、そうなんだよ!

 ちくしょう……こんなんじゃ先が思いやられる……こうなったらもうやぶれかぶれだ! 俺の

特殊スキル「口先の魔術師」を土壇場で発動させるしかない! やればできる子、圭一できる子!

「いってきまーす!!」

「ちょっと圭一、ご飯は!?」



「ぐあ……」

 焦りすぎて、外に飛び出してしまった。朝飯もろくに食ってない…まずったな…


 しかし、俺は何をこんなにも緊張しているのだ!? ただレナに味噌汁勝負の取り消しを

言うだけじゃないか!!

 うむ、言葉にするなら全く何の問題もない。簡単な事じゃないか。


「ごめん、やっぱ味噌汁勝負は無しな」


 そんな風に親指を立てて、この白い歯を輝かせて爽やかな感じで言えばレナも呆れるを通り越して

笑って許してくれるだろう。うむ、それだ、それがいい。





 本当にそれでいいのか!?

 レナには嘘は通用しないという事は分かっている。だから直球な言葉の方がいい…と思っては

いるがこれはちょっとおかしいだろ。自分で考えといてあれだけど酷い、酷すぎる。


 そんな事言ってる間にレナとの合流地点に着いてしまった。しかもこんな時に限って

俺の方が来るの早いなんて。

 いや、これはチャンスだ。まだ時間がある。何分かは分からないが考えるんだ! レナに

怒られないように、後腐れないように……

 ……あれ?

 何でそんな事気にしてるんだ? 確かに取り消しを告げてレナと気まずくなってしまっても

俺のせいなんだからそこは気にする所じゃないだろう?

 いやいや、しかしだ。誰だって関係がこじれるのなんて嫌なもんだ。レナとはいつも仲良く

笑い合ってるような仲が一番好ましい。…って、何恥ずかしい事を考えてるんだ俺は!

 ほら、そんな事考えている内にレナが来たじゃないか。

「お、おはよう、圭一くん」

「…………」








 レナが来てるっ!?


「レ、レレッレレ、レレレレレーーーーーーーッ!? ヒャッホーーーーイ!!」

「ど、どうしたの圭一くん!?」

 落ち着け、焦るな、戸惑うな!

 レナが来てしまってはもう考える時間は皆無!

 ここは思い切って先制攻撃を浴びせるのだ!! 前原圭一ぃぃいいいい!!

「レナすまん!!」

「えっ?」

 俺は45度ぴったりに上半身を曲げ、見事な頭の下げ方をした。レナの表情は見えないが

ここまできたら突き進むのみ!

「昨日は本当に申し訳ない! レナの気持ち無視して、味噌汁勝負だなんて!! 

俺悔しかったんだ! レナの味噌汁が美味すぎて、それであんな事口走って! だから

あれは前言撤回させてくれ!! 男として本当に恥ずかしいけど、味噌汁勝負は無しという

形で、どうか!! この通り!」

「…………」


 言った。言い切った。

 もうこれで俺に思い残す事はない。さぁレナ、俺に罵詈雑言をいくらでも浴びせるがいい。

むしろレナパンで気の済むまでコンボ練習を行っても構わない! さぁ!






 ……?

 あれ? なんか静かなんですけど。

 俺は恐る恐る顔を上げる。するとそこには目を丸くさせたレナが呆然としていた。

「……レナ? あの、その…」

 頼む、そんな顔してないでなんか言って? 何らかのリアクションしてくれないと俺が

滅茶苦茶寒いんだけど。

「ぷっ………あっはははははははは!!」

「????」

 な、なんだなんだ!?

 いきなりレナは空を見上げて高らかに笑った。それはもう大声で。

 なんだ? 何がどうなったらレナの大爆笑に繋がるんだ? え? なんだ? どうなってんだ!?

「あ〜〜〜……。……なんだ、レナの取り越し苦労だったんだ……」

「????」

「あ、気にしないで。こっちの話だから」

 レナの言葉の意味はよく分からないが、うまくいったのか…? その反応ではよく分からん。

「それでレナ、どうなんだ?」

「うん、いいよ」

「……本当か?」

「本当だよ」

 念の為もう一度聞くがレナは即答した。なんか、何が飛び出すか分からないのに何も出ません

でしたって感じで肩透かし食らっちまったな。いや、何も起こらなくてよかったけど。

「レナ、こんな事聞くのはなんというか……その…」

「?」

「どうして俺は許されたんだ?」

「なんでそんな事を思うのかな、かな?」

「いや、だって…」

 レナの目を真っ直ぐ見れなくて、少し俯いて俺は答えた。

「俺の言ってる事はどう考えたって勝手な言い分だ。俺だったらこんなの許すはずもない。それは

俺がガキなんだからだと思うけど……」

「だって圭一くんは謝ったよ? …普通ならあんな事言えない。レナは女だから男の子のプライド

というものはよく分からないけど、圭一くんは凄く恥ずかしかったんだよね?」

「あぁ…」

 そりゃ恥ずかしかったさ。しかも普通の謝罪じゃなくて自分の身勝手を撤回しようとしたん

だからな。今さっきの事だけど壮絶な勢いで恥ずかしい。

「それを踏んでまで言った事にレナが「冗談じゃない」なんて言える? 言える訳ないよ。そんな

事言うのは友達、ううん、仲間でも何でもないよ」

「レ、レナ……」

 レナの言葉が俺の胸に染み渡る。ちくしょう…なんでそんなに寛大なんだよ……

「だからレナは圭一くんの前言撤回を受け入れる。それでおしまい。ねっ?」

「……あぁ……ありがとな…本当に…」

 やべ…ちょっとじーんときちまった。気恥ずかしくってレナと顔を合わせられないぜ。

「いこ、圭一くん。魅ぃちゃん待たせちゃってる」

「そ、そうだな。…でも、訳を言えばちゃんと許してくれるよな?」

「当たり前だよ。それが私達、部活メンバーでしょ?」

「あぁ!」




 やっぱ凄いな、圭一くんは。

 昨日レナがあれだけ悩んでいた事をものの数秒で解決してしまった。正直、圭一くんが

自分から勝負を撤回してくるなんて思いもしなかった。

 私は圭一くんの事を見誤っていた。ちゃんと圭一くんはお味噌汁作りから大事な事を

学んでいたのだ。それこそ私の心配を吹き飛ばす位に。


 なんか嬉しくなってきちゃった。久しぶりに圭一くんと本当にお話が出来たような気が

すると思うと、胸が弾んでしまう。

 だから自然と笑ってしまう。

「あっははははは!」

「どうしたレナ! 何がそんなに面白いんだ?」

「なんでもないー☆ あははは!」

「ははは、変な奴だな!」

 走りながら私は笑う。圭一くんに変な奴呼ばわりされても笑ってしまう。

 おかしいのに嬉しくて、おかしくて楽しくって。

 魅ぃちゃんの姿が見えてきた。さぁ、いつものように手を振って挨拶しよう。


「魅ぃ〜ちゃ〜〜ん! おっはよう〜!」


つづく




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