エンジェルモート。そこは漢達が集まる熱き聖地。今日も今日とて、ウェイトレスさんの

ドッキドキものの制服を鑑賞せんが為に多くの濃い男性客が押し寄せている。

 とまぁそんな事はどうでもよくて、俺はジャンボパフェをヤケ食いしている亀田くんを尻目に

隣に同席している休憩中の詩音に一昨日の話をするのだった。全てはデザートフェスタのチケット

の為に。レナ、お前を売るようですまないがこの話が終わればチケットが手に入る。絶対

つれてってやるからこんな俺を許してくれ!

「はいはい、それはいいですから早く話してくださいな」

「俺の心を読むな!」

「だって圭ちゃん、思ってること口に出てますよ?」

「ぐあ…」





ひぐらしのなく頃に 味噌汁の変 第八話






「さぁさぁ、ほらほら☆」

「分かった分かった。急かすなって。…そして、レナを家に連れ込んだ俺はというと……」




ぐつぐつぐつ…

「………」

「………」

 俺は家に入るなり、味噌汁を作り始めた。この浮いた気持ちを抑える為には味噌汁作りは

一番適しているといえよう。

「ねぇ、圭一くん」

「なんだ?」

「おじさまやおばさま、いないんだね?」

「あ、あぁ。出かけてるみたいだな」

「嘘だよね?」

 は、早い。間髪入れずにレナは嘘だと言ってきた。落ち着け、圭一。レナは怒ってる訳じゃない。

いない理由を聞いているだけだ。ここは一つ、場を和ませるジョークを…

「父さんは芝刈りに、母さんは川へ洗濯に――――」

「いないんだね?」

「はい…」

 無駄だった。こんな嘘はレナに見破れない訳がない。ここは正直に言った方がいいだろう。

「あ、あのなレナ。別に事前に分かっててレナを家に呼んだ訳じゃないからな?」

「?」

 うう、言いにくい。だってこんなの、レナと二人きりになる為に俺が画策したみたいじゃないか。

 いや、レナなら分かってくれる。別に俺に下心など微塵も無い事を!!

「実は…俺もさっき知ったんだけど、玄関に張り紙があって…父さんの仕事で、両親共々今日

家にはいないんだ」



カナカナカナカナカナカナカナカナ……


 ひぐらしの鳴き声だけがその場に聞こえる。レナはみるみると顔を真っ赤にさせていって…

「は、はは、はぅ〜〜!!? そそそ、それって、それって、今日はレナが圭一くんで、泊まって

お味噌汁が晩御飯で……おお、お持ち帰りぃ〜〜!!?」

「お、落ち着けレナァァァ!! そっちに行っては駄目だ! 二度と帰れなくなるぞ!!」

「はぅ、はぅ、はぅ〜〜!!」



〜数分後〜


「ハァ、ハァ、ハァ……よ、ようやく戻ってきたか…落ち着いたか?」

「う、うん。ごめん…」

 レナが戻ってくるのに俺が食らった知覚不能の攻撃は計14発。あ、あれは肘か、膝か…

もしかしたら頭突きもあるかも……とにかくレナはしゃぎ過ぎ。

「だ、だから、勘違いしてはいけないぞ? べ、別に俺は何か企んでレナを家に呼んだ訳じゃ

ないんだからな?」

「う、うん……はぅ」

 くそ〜、初っ端からこれとは……先が思いやられるぜ。

「な、なぁレナ? 泊まるのは止めた方がいい。ほ、ほら、俺だって男だし、レナだって危険

だと思うだろ? 夕飯に付き合ってくれるのは今ではありがたいけど……」

 するとレナは俯いてもじもじとする。

「そ、その、レナは…その……」

「お、おう」


「………圭一くんを、信じてるから……」


「―――――」

 な、な、な……

 何だよそれ、何なんだよそれ……。

 俺は一気に頭へ血が昇るのを感じた。一瞬で頭の中がこんがらがり…いや、爆発してしまった。

「ほ、ほほ、本気で、泊まるつもり…なのか?」

「………うん」








「う、うえっへへへへへへ、えへへへええへへへへへへへへへへへへええええええ!!」

「け、圭一くん!? 圭一くーーーーーーーーん!!!」

 もう限界だった。少年である俺の脳はピンク色に染まり臨界点を突破。情報を処理できず

脳を守る為には自我を崩壊させるしかもう打つ手は無かった。

 ばたりと床に倒れ、薄れゆく意識の中一生懸命俺の名前を呼ぶレナの顔が最期の光景だった。







……ち………圭……ん……


 なんだ…? 誰かの声が聞こえる……これは……


圭一く……圭一……


 そうだ…この声は……

「んっ…」

 目を開くとすぐそこに顔があった。まだ目がぼやけている。しばらくするとその顔の輪郭が

はっきりとしてくる。それは……レナの顔だった。

「あ…よかった…起きたんだね」

「………レナ?」

 俺は一体どうしたんだ……? そして頭に柔らかな感触……これは…

 そうか…俺はレナに膝枕されているんだ。だからこんなにも顔が近くにあったのか。





 膝枕!?

 なな、なんで俺がレナに膝枕されているんだ!?

 それに、どうやら俺は気を失っていたらしいが……駄目だ、思い出せない。

「レレ、レナ? どど、どうしてこんな状況に……」

「あの、あのね? レナが圭一くんの家にお泊りするって言ったら…圭一くん、急に発狂して…」

 そうだったのか……レナが俺の家に……


 ……俺の家に泊まる? レナが?

「何ぃ!? ほ、本気かよ!!」

「で、でもでも、圭一くん、ご飯とかもう出来てるから……」

 何ですと?

 今まで気づかなかったが、何やら美味しそうな匂いが…。テーブルを見るとそこにはレナが

作ったのであろう料理が並んでいた。俺は時計を見た。……もう7時過ぎてるじゃん! 俺何時間

気絶してたんだよ!

「はぅ…。勝手な事しちゃったかな…かな?」

「いや、あの……ご、ご飯を用意してくれたのは礼を言うよ。それはいい。…でも、本当に、

本当〜〜に、泊まるつもりでいるのか?」

「………うん。圭一くんが良ければ、だけど…」

「………」


 ど、どういう事なんだこれは?

 家に泊まれっていうのは冗談なんだが、冗談に取られなかったらしい。

 というか、今日のレナは一体どうしちまったんだ? 男の、しかも親のいない家に泊まるなんて

どうかしてる。べ、別に嬉しくない訳じゃないぞ? ただ俺は味噌汁作りの極意を教えて貰う為に

呼んだつもりが、どうしてこんな事に?

 しかし、心臓がバクバクしている自分もいる。だってそうだろ? レナが俺の家に泊まるんだぞ?

しかも親はいない。二人きりだ。レナに何かする気は無いが、絶対にしない自信は……


 ええぃ! しっかりしろ圭一! 当初の目的を忘れるな!

 なるようになる! レナを泊める位どうって事ない! その位の器を見せろ圭一!!


「あぁ、いいぞ。とりあえず飯を食おう飯を。折角レナが作ってくれたんだ」

「あ……うん!」

 俺が許可するとレナは嬉しそうに笑顔を見せる。そ、そんなに嬉しかったのか…なんか

そんな笑顔されるとこっちも嬉しくなってくるな。

「おぉ、オムライスか。むむぅ、この照り、そしてふっくら卵の柔らかさ! 旨い!」

「えへへ、そうかな…かな」

 そしてやはり……

「旨い……レナの味噌汁…旨すぎる。前と寸分も変わらない」

 そして、飲んでも分からない。この旨さ、その秘訣。

 どうすればこんな美味しい味噌汁を作れるんだ? 一見、俺の作ったものと何も変わらない

この味噌汁が、何が違う?

 俺は聞かなければならない。今の俺にはどうやってもこの味噌汁を越えられない。ならレナに

極意…いや、ヒントだけでも聞きたい。例え聞けなかったとしても、それならそれでいい。

「なぁレナ。どうしてレナはこんなに美味しい味噌汁を作れるんだ? 俺にはさっぱり分からない。

味噌汁は大した差は無いんだ。だけど、決定的に何かが足りない。……それが何なのか、俺は

知りたい」

「………」

 レナはそれを聞くとそっと箸を置いた。すると頬を赤らめ、顔を逸らした。………???

「お、おいレナ。何だ? 何でそんな恥ずかしそうにしてるんだ?」

「そ、その……あ、あのあの、あのね?」

「ああ」

「………は、はぅ〜〜……」

 だから、何なんだ!? 何故恥ずかしがっている!?

「そ、その、そのその! それって、言わなきゃいけない事なのかな、かな!?」

 慌ててる。恥ずかしそうに慌ててる。何? 何なの?

「いや、そんなに嫌なら言わなくてもいいんだけど……でもそんなに嫌なのか?」

「う、う〜〜〜………ど、どうして分からないかな…かな…」

「?」

 何だ? 唸って、最後何か呟いてたけどよく聞こえなかった。う〜ん、やっぱ自分の極意は

明かしたくない職人の心って奴か? テレビには品物は出すけど隠し味は明かさないって奴か。

「まぁ、言いたくないならそれでいいさ。それに、教えてもらったとしてもそう簡単にこの味に

到達するとは思っていないしな」

「………その、ごめん。…でも、それは圭一くんにも気づいて欲しい事、だから…」

「俺に気づいて欲しい…事」

 それがどういう事なのか……今の俺には見当がつかない。

 だけどその言葉を言っている時のレナは…どこか寂しそうだった。


 …レナの料理は、すごく美味しかった。





 晩御飯が終わった後、俺は味噌汁を作る気にはなれなかった。いや、今味噌汁を作ろうとしても

いい物は作れそうにない。それにレナに言われた事がずっと頭に引っかかって離れない。

「気づいて欲しい事、か……気づかなきゃいけないんだよな…」

 レナは今風呂に入っている。クラスメイトの女の子が自分の家で風呂に入っているという

シチュエーションだけでドキドキものだが、今はそんな気になれない。その原因はさっき見せた

レナの顔だ。

 どうして寂しそうだった? それは、俺がその事に気づけないからじゃないのか? …多分

そうなのだろう。俺は知らず内にレナを失望させたのかもしれない。それは俺にとっても

残念な事だ。自分が情けない。

 考えろ、レナが俺に気づいて欲しい事を。それはきっと、大事な事だから。

「……とは言っても……う〜ん…」

 テレビを見ながら、俺はソファーにもたれていた。こういうのって、深みに嵌ると抜け出せ

ないからなぁ。柔軟に考えないといけないのかも。

 ……それにしても、レナの料理はいつもながら美味しい。流石は我らが部活メンバーの中でも

抜きん出ている事はある。

 レナはいい奴だな。普通、料理が出来るからと言っても他人の家に泊まるといって、こんな

ちゃんとしたものを作るなんてないぞ? だがそれが出来るのが竜宮レナという奴なんだ。

 俺だったらこんな事は出来ない。こんな事、好きな相手にするようなものだ。異性の間で

起こった事なら尚更………


 ………ちょっと待て?

 今、俺は何を思った? 何を思った!?

「圭一くん、お風呂上がったよ」

「!!」

 背後から俺を呼ぶレナの声。くるりと首を回すとそこには風呂上がりのレナがいた。

 レナらしいピンクのパジャマを着て、髪は洗ったばかりで艶があり、肌は上気してほんのり

赤い。思わず、ごくりと唾を飲み込んでしまった。その位、今のレナは色っぽかった。普段の姿

からは想像も出来ない姿に俺の心臓は跳ね上がった。


―こんな事、好きな相手にするようなものだ。異性の間で起こった事なら尚更…


 俺の頭の中で、いまさっき思った言葉が浮かんだ。


 まさか……まさか……

 心臓がドクドク、止まらない。レナから目が離せない。

 自惚れ…

 だけど、だけど…好きでもない男の家に泊まるといって料理を作ったりなんて……


 もしかしてレナは……

 俺の事…

 好き…なのか………?


つづく




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