無料アクセス解析




 どうも、前原圭一です。今、前原屋敷は大変な事になっています。

 親は不在、そしてなんとレナがお泊りするそうなのです。

 思春期で微妙なお年頃の俺には刺激がありすぎてそろそろ限界です。

 果たして、俺は無事にR指定を守れるのでしょうか?






ひぐらしのなく頃に 味噌汁の変 第九話







 パジャマ姿のレナが目の前にいる。

 夢? 幻?

 そう思える位、この空間は異質で非常識だった。だってそうだろう!? クラスメイトが

俺の目の前でパジャマ姿でいるんだぞ? しかもレナはもし、俺の自惚れな予想が当たっていたと

したら……したら!! す、すす、好いてくれているのかもしれないんだ…。って、うわ!

俺は何て恥ずかしい事を考えているんだ! 大体、何で味噌汁の極意について考えていたら

こんな考えに至るんだよ圭一!!

「圭一くん?」

「はうあ!!!」

 レナの声で現実に戻ってくる俺。そうだ、落ち着け。ここは冷静に、答えるんだ。

「ア、アァ、ワカタ」

 

 って、めちゃめちゃ片言じゃねぇか!!

「ワカタ?」

 ほら、レナが首をかしげているじゃないか。しっかりしろって圭一!

「あ、あぁ、違う違う。じゃ、じゃあ俺も風呂に入ろうかな。レナはゆっくりテレビでも

見ていてくれ」

「うん」



 服を脱ぎ、いつものように風呂へダイヴ! という訳にはいかなかった。

 何故なら、この湯船にはさっきまでレナが……

「ごくり…」

 はっ!? 何で唾を飲む!? 馬鹿か俺は。チェリーな妄想少年じゃあるまいし(そうだろが)

 しかも何となくいつもと違っていい匂いが……



 いかーーーーーーーーーん!!!

 いかん、いかんぞ圭一!! 甘い展開に脳をやられたか!?

 考えるな。そう、深く考えてはいかん!!

 間接キスならぬ間接風呂だと思えば気軽に……気軽に…




 間接風呂!!?

 な、なんだそのエロそうなフレーズは!? 俺が考えたのか? いや、違う、これは誰かが

俺の脳みそを使って出しただけだ! 第一、何が気軽!? 間接キスだってドキドキものだろうが!


 ええぃ、風呂を前に素っ裸で何を突っ立って考え込んでいるんだ圭一!! 入れ! 入って

男を磨くのだああああああ!!





「………」

 疲れた。ずっと風呂に入っている間、レナが頭の中に浮かんできて…気になって、一番

リラックスできるはずの風呂が今日、一番神経を削ってしまった。

 何はともあれ、俺は大人への階段を少しだけ上った気がした。マジで。

 さて、レナはどうしているのかなっと――

「貴方が好きなの!!」

「ッ!!?」

 えっ!? な、何だって!?

 だが俺はすぐに気づいた。その声はテレビから発せられているものだと。

 レナはドラマを見ていたのだ。しかも察する所、ヒロインが主人公に告白する場面らしい。

「……」

 レナは食い入るようにドラマを見ている。うぅ、なんか入り辛いな。いい場面だし…レナも

女の子だな、恋愛ドラマは好きとみえる。…というか好きそうだもんな、あいつ。

 やがて告白シーンは終わり、そして二人の顔は近くなり……

「は、はぅ〜…」

 キスをする。…う〜む、やっぱりキスシーンはこっ恥ずかしいものがあるな。一人で見ている

ならまだしも、レナがいる所で……

 どうしよう。もう少し間を置いてから出て行くか? もうちょっとで終わりそうだし…

ギィ

「はぅ!?」

「あ…」

 く、くそっ、どうしてこういう時にドアの音が鳴るんだよ! あーあー、気づかれちゃったよ。

気まずい空気だ……俺は耐え切れず先に言葉をかける。

「お、おう」

「お、お風呂、上がったんだね。……も、もしかして、ずっと居たのかな、かな?」

 バレてる。そりゃそうだ。俺の挙動は不審、もし居なければこんな態度は取らないだろう。ここは

素直に言うしかないな。

「悪ぃ。ドラマに夢中だったみたいだから…」

「はぅ…う、うん。ごめんね」

「いや、レナが謝る事じゃないんだけど…」

 うぅ…こ、ここは何て言えばいいんだ……考えろ、口先の魔術師!

「よ、よーし! なんかしようか! なんか! トランプするか? 部活の練習として」

「あ、うん、その……。あのね、圭一くん。その…」

「?」

 なんかどもってるなレナのやつ。俺はレナの向かいに座りもじもじするレナの次の言葉を待つ。

「なんか提案でもあるのか? 何でもいいぞ、レナの考えたやつなら何でも」

「そ、そう? ……それじゃ……あの……お話をしない?」

「話…か。それはいいけど、何を話すんだ?」

 レナは少し逡巡して、口を開いた。

「圭一くん、お味噌汁を作っていて楽しいかな、かな?」

「ん…あぁ、楽しいよ。今までまるで料理も作った事なんてなかったけど、何かを作る事が

こんなにも夢中になるなんて…思いもしなかったよ」

「今思うと不思議だよね。圭一くん、最初はレナにお味噌汁を作ってくれって。それが今は

自分で作るようになって……凄いよ」

「よせやい。それに凄くなんてないさ。だって作れるのは味噌汁だけなんだぜ? それもまだ

不完全なものときたもんだ」

 そうだよ。そもそもその味噌汁を完璧にする為にレナを呼んだんじゃないか。お泊りは予想

しなかったけど、俺は何を一人で勝手に浮かれて……そして自惚れて…

「ううん、凄いよ。圭一くんは明らかに成長している」

「そうかなぁ…自分ではあまり実感できないけど…。でも、それはレナのおかげだ」

「え?」

「忘れたのか? 俺が味噌汁を作り始めたのはレナが言い出したからだぞ。初めはレナの味噌汁を

飲みたかったから頑張ってたけどな」

 そう、レナのおかげだ。今の俺がいるのはレナがいてくれたからだ。

「ううん、レナはきっかけを与えただけ。ここまでやってきたのは圭一くん。圭一くんは誰の手も

借りずに一人でここまでやってこれた」

「いいや、違うな」

「え?」

「俺一人じゃない。こんな俺に付き合ってくれたみんな…そして、レナがいたから俺は

頑張れたんだ。一人でここまで出来る訳ねぇよ。…特に俺みたいな奴は」

「圭一くん…」

 そうして少し黙る俺達。

 なんか、こうしてレナと最近の事を振り返っていると改めて仲間ってのはいいものだと

思い知らされるな。

 新しい発見、挑戦と、一人ではこうはいかない。人ってのは、他人と触れ合うからこそ成長

出来るんだと思う。一人だと自分が成長してるのかも分からないし、何より面白くない。

「ねぇ、圭一くん」

「ん?」

 突然、レナが俺に話しかけてくる。微妙に伏し目がちだが。

「圭一くんはまだ、レナのお味噌汁を飲みたいと思う…かな、かな?」

「………」

 これまた唐突な言葉だった。以前、似たような事を聞いてきた記憶があるな。確か俺が味噌汁を

作るのは美味しい味噌汁を作りたいのか、レナの味噌汁を飲みたいからなのかってな感じだったか。

 そうだな……味噌汁を飲むだけなら自分で作ればいいけど……

「当然飲みたいと思う、だな。レナの美味い味噌汁なら何杯でも飲みたいぜ」

「はぅ…。そ、そう?」

「あぁ、勿論だ。あーあ、いっその事レナが毎日味噌汁作ってくれればいいのによ」

「〜〜〜〜〜」

 そう言うと火がついたようにレナの顔が真っ赤になった。な、何だその反応は!?

「―――はっ!!?」

 やば、今気づいた。自分の言葉の重大さに。またか? また俺は無意識にこんなとんでもない

台詞を〜〜!! これじゃふりだしに戻るじゃねぇか!!

「け、けけっ、けい、、圭一くん……そそそ、それって、どど、どういう意味なのかな、かな!?」

「お、落ち着けレナ。今のはその……無意識って分には本心なんだろうけど、決してそういう意味で

言った訳じゃないぞ? つい流れで言ってしまった感はある! だから早まるな! あーあー!

鼻血、鼻血出てるレナ! 何で毎日味噌汁作ってくれればいいのにで鼻血が!? お前一体どんな

妄想を頭の中で繰り広げていらっしゃるんですかー!?」

 蒸気機関のようにレナからは湯気が。そして顔は真っ赤っか。あかん、あかんですよこれは!

本日何回目の暴走だ!?




 妄想機関車レナが止まるのにおよそ30分の時間を要した。その間にレナパンを何回か食らった。

なんか、今日はこんなんばっかりだなおい。…まぁ、俺が招いた事なんだけどさ!

「はぅ、ごめんなさい。…でも、圭一くんが悪いんだから…」

「そうだな、今のは俺が悪かった。悪かったからもうこんな事はよそうな」

 さっきのは失言だったな……ただでさえ、俺の仮説だとレナが俺の事を……その…想って

いるのかもしれないというのに。

 でもその仮説だったとした場合………俺はどうすればいいんだろう?

 俺は………俺は!

「あ〜〜〜〜〜〜!! もう寝よう! そうだ、そうしよう!! もうそろそろ寝る時間だ!

レナも眠くなってきたよな? な!?」

「え!? あ、あの、その……」

「よーし! 決まりだ! じゃあ案内するから!」

「えぇ!? レナ、まだ答えて……はぅ……言いそびれちゃった……」

 やや強引だったがこの何とも言えない雰囲気を払拭するにはこれしか方法がなかった。困り顔の

レナの手を取って俺は二階へと上がって行った。何かレナがぼそっと呟いていたがよく聞き取れ

なかったがまぁいい。


「あ」

 二階に上がり、俺は立ち往生してしまった。呆けた声も出てしまった。

 俺は今、ナチュラルにレナを自分の部屋に連れて行こうとしてしまっていた。俺は一体何を

考えている!? 本能丸出しじゃねぇか! 俺とレナはまだそういう関係じゃねぇって、そうじゃ

ねぇって!

 つまりは、レナを何処に寝させるかだ。困った…困ったぞぉ! もし母さんの部屋で寝させると

後で誰か泊めたの? とか聞いてくるに決まってる。母さんは敏感だからなぁ。となると父さん…

あ、却下。誰がレナをあんの変態親父の部屋に寝させるかっての!

 となると、とりあえずレナは俺の部屋に寝させるしかない。俺は当然居間かどこかで寝るしか

ないな。うん、それしかない。

 とりあえずその案を俺はレナに言ってみた。すると…

「そんな、レナの方こそ居間で寝るよ。レナが押しかけたようなものだもの…」

 なんて言ってくる。そうだよな、レナってこういう奴なんだよな。くそっ、こういう時だけは

レナのいい奴ぶりが苦しいぜ。魅音の奴だったら


『そうそう、圭ちゃんは居間で空しく寝ていなよ。その間におじさん、圭ちゃんの部屋の押入れ、

ベッドの下、本棚を隅々まで調べておくからさぁ。くっくっく!!』


 とか何とか言ってくるだろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その頃、園崎家では…

「はっくしょい!!」

 漫画を読んでいた魅音は盛大にくしゃみをした。

「?? 何だろ、いきなり鼻がむずむずと……はっくしょい!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……」

「……」

 俺とレナは、俺の部屋の前で立ち往生していた。俺が押してもレナは引かない。そういった

硬直状態が続いているからだ。俺は居間のソファーで寝ても一向に構わないのに、レナは駄目だと

言う。これじゃ拉致があかない。と、なるとだ……俺の部屋に二人で寝る…という選択肢が…



 い、いやいやいやいやいや…それはアカン。絶対にアカンですよ。それは俺の中に眠る一匹の獣が

暴走しかねない! それはマズイ! 色々マズイ! 味噌汁の変の連載が打ち切られるぅ!!

「圭一くん?」

「あ、いや、その、何でもない、何でもないんだぞぉおおお!!」

 頭を抱えてその場でうずくまる俺をレナは心配そうに見ている。

 未だにレナの気持ちは図りかねる。しかし、しかしだ。これは好きとか嫌いとかそれ以前の問題だ。

 女の子が自分の部屋で寝る。そして自分も寝る。当然離れて寝るだろうけれど…けれど、その

状況に微妙な年頃の俺の若さが果たして耐えられるだろうか?

 否、断じて否ぞ! はっきりいって、俺は自信がない。寝ている傍でレナが寝ている。そんな

おいし……いやいや、異次元な状況で俺は何もせずにいられるか? 否!!

「や、やっぱりレナは俺の部屋で寝る。それは決まり。はい、決まり!」

「ちょ、け、圭一くん?」

 俺は思いきってレナを強引に部屋へと押し込んだ。そして戸を閉める。

「頼む! レナは俺の部屋で寝ていてくれ! これは男圭一、一生のお願いだ! レナの提案は

受け入れられない! 俺が居間で寝るから!!」

「ま、待って圭一くん!」

 階段へ足を向けるがレナの叫ぶような声に止まった。

「レナ…?」

「……やっぱり、そうだよね……。押しかけて、泊まるなんて迷惑だよね…」

「い、いや、迷惑だなんて。そもそも泊まれってのは俺の勝手な冗談で、レナがそんな風に思うのは

間違ってる」

「……それじゃあ、なんで避けるのかな、かな?」

「!」

 避けてる? 俺が、レナを?

「お、おい、何で俺がお前を避けてるんだよ。何処が避けてるんだ」

 俺は障子越しに言ってやった。返事はすぐに返ってきた。

「ううん、避けてるよ。圭一くん、気づいてないかもしれないけどレナと接する時腫れ物に触れる

ような感じだもの」

 は、腫れ物!?

 その自嘲めいた言葉に俺は少しカチンときてしまった。

「おい、何だよそれ! レナの何処が腫れ物だよ!!」

「だって圭一くん、いつもと違って何かよそよそしいんだもん」

「ちがっ…それはだな!! それは…その…」

 レナも察してくれよ…女の子を家に泊まらせるなんて、嬉し半分拷問みたいなもんなんだからさ。

「それは…何?」

「う…」

 くそ、何か意地悪だぞ今のレナ。レナなら察してくれそうなものなのに。

「…圭一くん、レナは別に同じ部屋で一緒に寝ても大丈夫だよ?」

「え!?」

 な…レナは今なんと?

「レ、レナ…気は確かか? 俺だって、男なんだぞ…?」

 心臓がバクバクと音を鳴らしている。

「レナが腫れ物なんかじゃないのなら、一緒の部屋で寝れるよね…?」

「ぐ……そ、それは…その…」

 恋人同士でもないのに、そこまではちょっと……

 レナはいいと言うが、俺は踏みとどまってしまう。そして考えてしまう。

 本当にレナは俺の事を…?

 そう思うと今日のレナの行動には説明がつく。しかし、いくらなんでもこれは行き過ぎ―――

「!!」

 そ、そうか…

 分かった、分かったぞ、レナの言葉の意味が。

 これが、腫れ物を扱うような態度なんだ。

 意識し過ぎるから、逆に相手を不快にさせてしまう事もある。俺は無意識にレナを不快に

させてしまっていたのか…

 俺って奴は、この土壇場で気づいて……くそっ!

「ごめんな、レナ」

「…え?」

「確かに、今日はよそよそしかった。でもそれは女の子と二人っきりで家にいるから緊張して

たんだよ。…しかも泊まるなんて、こっちは迂闊にもドキッとしたんだぞ」

「………」

「今度はレナの番」

「……え?」

 はは、障子越しにレナの驚く表情が目に浮かぶようだぜ。

「だから、レナの番。俺ばっかりこんな恥ずかしい告白するなんて対等じゃねえ」

「は、はぅ。…そのね? その、あの…」

 俺も顔真っ赤だけど、レナはもっと赤い。賭けてもいい。

「……レナも、緊張してた。男の子の家にお泊りだなんて、初めてだもん…」

 レナの声は消えそうなほどか細いものだった。こんな展開になるとは予想していなかっただろうと

手に取るように分かる。

「よしっ、これでよそよそしさなんて吹き飛ぶ! じゃあ入らせてもらうぞ!」

 バッ、と勢いよく戸を開け、俺は自分の部屋に乗り込んだ。案の定、顔を赤らめたレナが

そこにいた訳だが。




「この位でいいか」

 俺達は互いの布団を出していた。当然俺とレナの布団の距離は少し離れている。よそよそしさは

払拭できたがそれはそれ、これはこれ。紳士として(?)マナーは心得ているつもりだ。

「レナー、いくら俺が美少年だからって寝ている隙をついて襲い掛かってくるなよー?」

「そそ、そんな事しないよぅ! その言葉、そっくりそのまま返すよ!」

 よしよし、先制攻撃は成功。いつもの俺達の雰囲気だ。

「電気消すぞ?」

 カチ、カチッ、と電気を消すと部屋は一瞬で真っ暗闇。月明かりで少し見える位だ。

「……圭一くん、信じてるからね」

 唐突にレナが一言。ぐあ…またその台詞かよ。中々いい反撃だぜ…ならこっちも!

「分かってるって。…もし俺がけだものになっても、その時はその時で責任とる覚悟満々だから」

「は、はぅ!?」

 くくくっ、レナの慌てふためく姿が目に浮かぶようだぜ…!

「まぁ冗談は置いといて」

「じょ、冗談なんだ。そ、そうだよね、うん…」

「おやすみ、レナ」

「おやすみなさい、圭一くん…」

 そう言って眠れるものならいいもんだ。俺は寝る前に考える事があった。

 それは味噌汁の極意。

 ヒントはレナの言葉にある。…俺に気づいてほしい事、そして恥ずかしがっていつまでも

教えてくれなかったレナ。

 恥ずかしがる…当然、言い難い事だ。

 ……やっぱり、そういう事なのか? レナが俺に気づいてほしい事で、恥ずかしがるって…

いくら鈍感な俺でも察してしまう。

 でもまだ確証はないし、今の俺ではレナのように作れないだろう。何せ俺はまだ……


 しかし、今日レナを泊めたのは正解だった。色々あったが、おかげで味噌汁の極意についての

ヒントを得たし、答えを導き出せそうな所まで持ってこれた。

 俺はレナに聞こえないように「ありがとな」と礼を言って眠りについた。不思議と、隣にレナが

眠っているという状況なのに落ち着いて寝る事が出来たのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 場所はエンジェルモート。話もひと段落した所で隣の詩音さんは…

「…で、で!? その後は!?」

 鼻息を荒くして詰め寄ってくる。頼むからその格好であんまり近寄らないでくれ。

「その後って?」

「何をすっ呆けてるんですか? 夜ですよ、よ・る。隠したって無駄ですよ? そりゃあ話せない

のは分かりますけど…ふふふ♪」

「………」

 何だろう、今、すっごく詩音の考えてる事が分かるんだけど。色で例えるならピンク色?

「おまっ…そんな訳ないだろ!? 俺の話聞いてなかったのか!」

「え〜? 本当に何も無かったんですか? 「夜」は」

「えぇい、夜を強調するな夜を!」

 全く、いくらエンジェルモートのチケットを手に入れるとはいえ、ちょっと割に合わないんじゃ

ないのかこれ?

「なんだ、つまりませんね」

「つまらなくて結構!」

 大体、そんな事言えるかっての!

「ふー。でも、何ですかね。圭ちゃんも圭ちゃんですが、レナさんもレナさんですね」

「…何が言いたい?」

「いいえー? 何もー?」

「くっ…」

 こいつ、絶対面白がってる。くそっ、園崎め!

「いやー、でも甘酸っぱい話を聞かせてもらってどうもごちそうさまでした☆」

「じゃあそのデザフェスのチケットは貰うぞ――って、こら。どうしてチケットを遠ざける」

 俺がチケットを取ろうとすると詩音はひょいっと取り上げて天へかざす。そしていつのも

にやけた顔をして

「え〜? まだ話してない事があるんじゃないですか〜? お泊り朝の章、まだ話してないですよ〜?」

 何だよその「朝の章」って! …でも、確かにレナのお泊りは朝まで続く訳だが…

「例えばレナさんの…裸エプロンとか?」

「ぶっ!!」

 な、な、な!!

「お前はおっさんか!! 発想が親父すぎる!! お前といい魅音といい園崎って奴は!!」

「あはははは! まぁまぁ、冗談ですって」

 いや、冗談に聞こえないから性質が悪いっての。

「でも、ちゃんとそこまで話していただかないと…このチケットはねぇ?」

「分かった、分かった。ちゃんと話すから。…でも、大体詩音の聞きたいような事はもう

終わってるぞ?」

「それでも聞きたいんですよ。私、読者の代弁者ですから」

 なんのこっちゃ。

 まぁ仕方ない。話すとするか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「………」

 目が覚めた。俺としては脅威的な記録の6時。それは別に夏の暑さで起きた訳ではなく

不意に、突然にだ。尿意はない。とすると、俺は普通にこの時間に起きてしまった訳で。

「なんか眠気もあまりないな……」

 もう一度寝直すと多分起きれないだろう。まぁでも、レナがいるから起こしてくれるかも…

「…そういえば、レナ昨日家に泊まったんだっけ」

 思えばあり得ない状況だ。だが実際に昨日それは起こった。そしてレナは俺の部屋で寝て……

「あれ? レナ?」

 隣の布団にレナの姿は無かった。トイレか? と失礼な事を思ってしまう俺だがすぐに察しは

ついた。それはレナという奴を考えればすぐに導き出される答えだ。


「おー、やっぱり」

 台所に行くとやはりレナは朝食の準備にかかっていた。俺の声に気づいたレナは振り向いて

笑顔で挨拶する。

「あ、圭一くんおはよう。まだ寝ててもいいのに」

「ん…なんか目が覚めちゃってさ。まぁ早起きは三文の得って言うし? なんか優越感?」

「もう、圭一くんってば」

 あはは、と俺達は朝っぱらから笑った。

 しかし、レナばかりに準備をさせる訳にもいかん。俺も手伝おう。とはいえ、俺に出来る事と

いえばやっぱり……

「よし、俺は味噌汁担当な。レナは後全部頼む」

「えっ? あ、いいよレナが全部やるから」

「いいっていいって。ていうか俺に出来るのは味噌汁作る位なんだし。泊まりとはいえ来客の

レナにそこまでして貰うのも気が引けるっつーか。とりあえず作らせろ!」

「はぅ、な、なんか圭一くん、燃えてるね」

 レナに譲らなかったのには訳がある。まぁ、確かめたい事があるからな。


「「いただきます」」

 朝食が出来上がり、俺達は手を合わせた。

 レナの朝ごはんは完璧だった。ふっくら炊き上がったご飯に焼き魚。たくあんに漬物、おひたしと

正に日本の朝食メニューだった。そして俺が作った味噌汁。パーフェクト、パーフェクトだぜ。

 味は? 当然美味しい。文句のつけようがない。

「レナ、味噌汁の味、判定してくれないか?」

「なんか圭一くん、妙に自信あるね。じゃあ、いただきます…」

「……」

 やっぱり緊張するな、自分の作った物を食べてもらうってのは。さぁ、どうだ?

「……美味しい。圭一くん、これ、美味しいよ…」

「ぃょしっ!」

 大きくガッツポーズ! そして、それは俺の予想も当たったという訳で……

「も、もしかして……その、その……分かったのかな、かな…」

「あ、う、そ、その、な? その…。で、でも、まだレナの作ったやつには到底及ばないって。

俺はただコツが分かっただけでな? かか、勘違いすんなよ?」

「はぅ……」

 レナが顔を赤らめて箸を止める。く…今のはちょっと恥ずかしかったぞ……

 でも、これだけは言っておかないと。

「あのな、レナ? 答えを出すのは、もうちょっと時間くれないか?」

「え?」

「レナも分かってると思うけど、その味噌汁がまだ完璧じゃないのは俺がよく知っている。だから

もう少し考える時間をくれないか? 気持ちを整理させたいんだ……って、あれ? 俺は何を

言ってるんだよ……ええい! 食おう! とりあえず食っちまおう! 折角のレナの料理が

冷めちまう!」

「う、うん。………美味しい」

 また味噌汁を口にしたレナは小さく呟いた。やばい、段々ごはんの味がよく分からなくなってきた。

ここは一つ、圭一ジョークをかましたほうが場も和むだろう!

「な、なんかこうして二人だけで食事してると新婚さんみたいだな?」

「し、新婚さんっ!!?」

「うおっ!?」

 ガタンッ! とレナは顔を真っ赤にしてテーブルを叩いて身を乗り出した。しまった、この

ジョークは今、この場ではまずかったか!

「ジョ、ジョーク! イッツァ圭一ジョーク! ははは、ナニホンキニシテンダヨレナ」

「ソ、ソウダヨネ、レナッテバ…」

 硬い。恐ろしく硬い。片言だし、表情も引きつってるよ俺達。


 結局、朝食は美味しかったけど滅茶苦茶だった。



「じゃあレナは一度家に戻るね。持ってきた道具とか家に持ち帰らないとだし」

「おう、そうだよな」

 気分を落ち着かせた俺達はそろそろ学校に行く準備をする。レナは当然持ってきた物を家に

持ち帰らなければならないので荷物をまとめる。

「そういえば、寝袋、持ってきたけど使わなかったね」

「馬鹿だなぁ、布団位いくらでも貸してやるのに」

「うん、そうだよね。あはは」

 その他諸々の女の子道具をリュックサックに入れて、レナは玄関へ向かった。

「……あれ?」

 するとレナは足を止めた。そして首を傾げる。どうしたのだろう?

「どうした?」

「うん…何か、忘れてるような……」

「忘れ物か?」

「ううん、確かにレナが持ってきたものは全部ここに入れたはずだけど……。物じゃなくて

何かを忘れてるような気が……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方その頃、竜宮家では…

「礼奈、遅いなぁ…。魅音ちゃんの家はそんなに面白いのかな……」

 レナの帰りを待つ父親の姿があった。彼はレナが書いておいた


―お父さんへ

 今日は魅ぃちゃんの家に泊まるのでごはんは自分で作って下さい―


 という書置きにすっかり騙されていた。レナが圭一と二人きりの夜を過ごしたとも知らずに。

「やはり、今度の飲み会は断っておくかな……レナ、お父さんは、お父さんはレナの事だけを

想っているんだぞ…」

 体育座りでのの字を書く彼の姿は哀愁を漂わせていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあね、圭一くん!」

「おう、またいつもの集合場所でな! ………ふぅ…」

 何か朝なのにどっと疲れたな……

 短かったがレナとの二人きりの生活…そんなに悪くなかったな。

 それにしても朝食の時のアレはちょっと…やりすぎたかな。でも、これで答えははっきりした。後は

俺の気持ちだ。……とはいっても、考えると恥ずかしいな…。何たって、誤解との紙一重だもんな。

でもそれは味噌汁だけの極意じゃない。料理全般にも言える事なんだ。レナはそれをいつも実践してる

のだから、凄いもんだ。俺も見習わないといけない。

「よしっ! 学校へ行くか!」


 今日も暑いが雛見沢日和だ! さぁって、今日はどんな日になるのかな!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 話が終わった。今度こそ完璧に。詩音は無言でチケットを俺に渡す。

「…しっかし、圭ちゃんもあれだけの事があってやっとお味噌汁の極意に気づくなんて……

やっぱり鈍感王の座は確定ですね」

「うぐっ……じゃ、じゃあお前は分かるのかよ!?」

「分かりますよ? というか簡単じゃないですか」

 即答!? こ、こいつ、出来る!

「まぁ? それでも進歩はあったと思います。…お姉もうかうかしてられないぞっと」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ何でも? …あ〜、面白かった。休憩時間も丁度よく終わりみたいですし、いい暇つぶしに

なりました☆」

 暇つぶしときたか……まぁ、その暇つぶしでデザフェスのチケットが貰えるんだから恥をかいた

甲斐はあったって事だな。

「ぶはああああああああ!!」

「うおっ!?」

 その時、豪快な声が俺のすぐ近くから響いた。それはジャンボパフェを食べていた亀田くんだった。

あ、あれ? あんなに天高く盛られていたパフェが……無い!?

「亀田、お前まさか!」

「くっくっく、Kぇい……Kさんの甘酸っぱい話が俺の闘争心を煽ってしまいましたよ……そして

思いました!! やはり俺にはこの少女達しかいない事を!!!」

「!!!」

 こ、こいつ……まさかここまで…ここまで…

 変態だったとは!

「亀田……お前という奴は…。もう俺から教える事はない。これからは俺から半径20mまで

近づいてはいけないぞ?」

「はいっ!! 俺、いよいよKさんから巣立ちの時っす!!」

 うん。俺もお前と縁が切れてよかったよ。

「よしっ!! それじゃあ支払いは君に任せる!! さらばだ!」

「K」

「な、何かな?」

「それはちょっと都合が良すぎるんじゃないんですか?」

 くそっ、亀田のくせにいちいち細かいな!!

「大体お前も俺の話聞いてただろうが。だからこれはその代金だよ。俺、今月やばいんだよ」

「そんなの俺もっすよー! こんなジャンボパフェの金なんて払えないっすよー!!」

「何ぃいいいいいいい!!?」

 すると背後から肩に手を置かれる。振り向けば奴が――詩音がにこにこと笑っていた。

「圭ちゃん☆」

「な、何かな詩音ちゃん。今日、ボクは家に帰るという大切な用事が……」

「あれ〜? いいのかな〜そんな態度で。圭ちゃん、エンジェルモートにツケなんてシステム

無いですよ?」

「あ、あは、あはははははははは!!」

「もし支払わないで帰るんでしたら、私に考えがありますけど」

「か、考えって何かな?」

 まずい。非常にまずい! 絶対、悪い予感がします!!

「とりあえず、テープレコーダに録音された今の圭ちゃんの話を村中にバラまいて―――」

「何でもします!! お願いです、皿洗いでも便所掃除でも何でも致します!! 亀田ァァァ!!

お前もやるよな? 金ないんだからなぁぁぁ!!」

「ええええええ!? お、俺もっすかぁ!? で、でも俺、部活で肩痛めて…」

「貴様ァ!! それなら俺も貴様の性癖をバラすがそれでもいいんだな!?」

「そ、それは勘弁して下さい!! や、やらさせていただきます!!」

「よろしい☆」

 俺は思った。鬼がいる。目の前にいるこいつは、確実に鬼なのだと。



 その日、エンジェルモートでは伝説が生まれた。男なのにあの制服を着て仕事をする二人の

少年の伝説が。



つづく




戻る 次へ



inserted by FC2 system