ひぐらしのなく頃に 涙





 何だか、頭がぼやける。

 まだ起きたばかりだろうか? でも、未だに覚醒しきってない感じだ。

 朝ご飯を食べても、その感じは拭えない。歯磨きをしても、家を出ても。


 うだるような暑さ。朝っぱらからセミがよく鳴いている。

 すぐに汗がじわりと出てくる。


 歩く。

 頭はぼやけたまま。

 この先には何があるんだっけ?


 そうだ、レナだ。

 いつも待っている。ずっと待っている。



 ……こんな俺でも、待っていてくれる。


 …?

 何かちょっと、今のはおかしいぞ。

 レナが待っているのはいつもの事で、当然のようなものだ。

 いやいや、違う。そうじゃない。

 こんな俺でも?


 やはり頭がぼんやりする。まるで、今日この世に生まれ出たような感じ…

 それはただ俺が寝ぼけているだけなんだと思うけど…


 不思議だ。

 そして今日の俺はちょっと変だ。


 …考えるのはよそう。

 ほら、見えてきた。


 …いつも見慣れた顔が。


「よー、レナー! おはよう!」

「おっはよう、圭一くん☆」


 挨拶をすれば必ず気持ちのいい笑顔を見せてくれる。

 そう、これは当たり前の事。いつも通りの事。

 レナって奴は、こんなにも当たり前のように笑顔を見せてくれるのだから。


「それでね、でね? ……け、圭一、くん…? ど、どうしたの!?」

「……え?」


 レナは俺を見て物凄い慌てようだ。何だ? どうしてそんなにびっくりした顔してるんだよ。


「どうして……泣いてるの?」

「……え? …あ、あれ? え?」


 指摘されて気付いた。

 いつの間にか俺は泣いていた。ぼたぼたと、止め処なく。

 こんなにも目頭が熱くなっているのに、俺はどうして気付かなかったんだ?


「あ、あの、あのあの……な、何があったのかな、かな?」

「……解らない…何で…俺は……」


 レナは面食らっていたが心配してくれる。

 心配してくれる? 当然じゃないか。

 だってレナは仲間だろ?


「っ………うぅ……あぁぁ……」


 解らない。どうして、こんなにも胸が締め付けられるのか。

 自分で自分の感情が解らず、俺はただただ泣くばかりだった。


 悲しかった。


 悲しいのに、嬉しかった。


 これ以上なく、嬉しかった。だからこれは嬉し涙?

 いや、違う。嬉しいのなら、ここまで苦しくはない。

 じゃあこの感情は一体?


 急にぼやけた視界が暗くなる。

 抱きしめられたのだ。レナが、俺の頭を胸に抱き寄せたのだ。


「…どうしたのかな、かな? 圭一くん、男の子でしょ?」

「うっ……うぅぅぅ………」


 温かい。

 レナの優しさが、心に響く。


 レナの細い指が俺の頭を撫でる。それが子供扱いのようにも感じられて恥ずかしかったが

俺はそれに甘んじた。


「何か、怖い事でもあった? それとも、悲しい事? 嬉しい事?」

「………うぅぅぅ……ぅ〜〜〜……」


 レナは聞くが俺は泣くばかり。言葉も出ない。出てこない。

 俺自身、訳が分からないからどうしようもない。



 それからしばらく経ち、ようやく俺の心も落ち着いてきた。やがて冷静さも取り戻し、今の

状態がどれだけ恥ずかしいものか悟り俺はレナから飛び退いた。よく考えれば滅茶苦茶恥ずかしい。


「レナ、これは、その……あ、あはは、意味分かんないよな? 馬鹿じゃねぇの俺。いきなり

朝っぱらから泣いたりして……」

「………」


 レナは神妙な顔で俺を見つめている。それは俺を本気で心配しているのだ。その瞳を見れば

判る。俺をおかしい奴だなんて微塵も思っていない瞳だ。


「圭一くん。いつでも泣きたい時は、レナの胸を貸してあげる…。だって、今の圭一くん、とても

か細いもの。今にも消えてなくなりそう」

「俺が…消える? は、ははっ、レナの胸を借りれるのなら泣く練習もしとかなきゃなー」

「圭一くん」


 解っている。レナは真面目に心配してくれている。

 俺はごめんと目で謝るとレナは笑って許してくれた。


「……なんか、ありがとな。…よく解らないけどすごく安心してるんだ、今」

「え?」

「レナは茶化さないでくれた。それがなんだか嬉しくて……切なくて…」

「………」


 勿論、それが全てではない。

 感情が爆発した時、何もかもぐっちゃぐちゃだった。何で涙を流したのかも解らない。

 ただ解るのは、今、俺はとても安心しているという事だ。

 …違うな。

 安心ではなく……喜び、苦しみ。

 その両方が混ざり合った、酷く滅茶苦茶で複雑な感情。


「…は出るよ」

「…え?」


 言葉の最初の部分が小さくてよく聞き取れなかった。俺はもう一度レナに言わせようと顔を

上げると……


 …笑っていた。明るい笑顔ではなく、母性を感じさせる優しい笑顔。その笑顔に一瞬ドキッとした。


「悲しくても、嬉しくても……涙は出るよ。でも、どっちだったとしても……圭一くんが流した涙は

きっと、かけがえのない物なんだと私は思う」

「………」


 そう…そう、なのかな。

 涙の訳は知りようがないけど、レナの言葉は的を射ていると思う。


 不思議な涙。



 俺の涙は……何に対してなのだろう?



「…えへへ、行こう、魅ぃちゃん待たせてる。それに走らないと遅刻しちゃうかも」

「……あぁ、そうだな。あぁ……あぁ……」

「ホント、朝から何してるんだろうね、レナ達」

「あぁ、ホント、そうだな……ホントに…」


 レナと一緒に走る。進む。


 何故かこの一瞬、一瞬がとても大切なように思えて……

 それがかけがえのない事のように思えて……




 また、俺は涙を流すのだ――――――



                                  END





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