ナイト・オブ・ブレイク 序章



 まず思ったのは、月が綺麗だなって事だ。


「………」


 金属バットを握る。とても初めて手にしたとは思えないほどしっくり手に馴染む。

 それもそのはず。

 俺はこのバットをこことは違う何処かの世界で握った事があるからだ。

 …だが、忌むべき物でもある。俺はこのバットで……

 いや、今それを考えるのはよそう。どうせ、どうにもならない。俺がいくら後悔した所でそれを

許してくれる人はいないのだから。


 この静かな時間は色んなことを思い出させる。じっとしていればたちまち蘇る思い出。

 その思い出を反芻し、頭に、胸に刻み込む。忘れてはならない、大切な思い出。


 …もう、二度と戻らない思い出。


 俺の犯した過ちはあの子が許してくれたが、それだけでは足りない。足りなさ過ぎる。

 俺の罪はここで償わなければいけないんだ。「この世界」で。

 その為に今、ここにいる。


 ここは学校のグラウンド。明かりは月の光しかなく暗い。


 ここが舞台となる。

 俺と彼女の、最後の「劇」。

 俺と彼女が締めくくる、最悪の舞台劇。

 そこに観客はいない。

 だが、それでいいのかもしれない。

 人知れずに終わらせる。それがこの「劇」の一番いい終わり方なのかもしれないのだから。


 …きっと、今日が「この世界」で過ごす最後の夜となるだろう。

 その位の覚悟が無ければ今ここにいない。


 あの輝かしい日々を取り戻せはしない。だから俺がやろうとしている事は駄々みたいなもの

かもしれない。

 でも、それでも、「思い出して」しまったからにはやらなければならない。

 この血塗られた手でもやれるのなら俺はやる。



 みんな……俺が必ず、あいつの目を覚ましてやる――



「綺麗な満月だね」

「…あぁ、そうだな」


 不意に闇から声が聞こえる。普通ならこんな人気のない所で声をかけられれば驚くものだが、俺が

呼んだんだ、驚く事ではない。

 目を凝らさなくてもその白いワンピースは闇と対をなしているからよく見える。…待ち人は

やって来た。何故か右手は後ろに回されている。


「こんな夜遅くに待ち合わせなんて……いけないんだよ?」

「へへっ、いけない事をしている時ってなんかこう、ワクワクしてこないか?」

「あははっ、駄目だよ圭一くん。不良の始まりだよ、だよ?」

「ちょっとワルを演じてみたい時もあるのさ」

「ふふっ」

「へへっ」


「「あははははははは!!」」


 俺達は笑いあう。その笑いは何処か狂った感じも含まれていた。俺の笑いはどうか分からないが

彼女の笑いには何か歪んだものが入り混じっていたようにもとれる。


「………こんな風に笑えるなんて思ってもなかったぜ。…もう、終わったものだと思ってたのにな」

「? 圭一くん、どういう意味なのかな、かな?」


 彼女は首を傾げ、いつものような彼女の「フリ」をする。俺はそれを見ると胸が苦しくなった。俺は

頭を振って質問に答える。


「それは、お前が一番分かっているはずじゃないのか?」

「…………」


 空気が、変わった。

 彼女は俯き、俺に顔を見せなくする。


「レナが、何を分かってるって?」

「……もう隠さなくてもいい。知らないフリをしなくてもいい。……もう、いいんだぞ」

「…………っ、ははは……」


 勢いよく顔を上げ


「あーーーーーーーっはっはっはっはっは!!!」


 彼女は高らかに笑った。しばらくの間、ずっと、ずっと…

 その笑いがどういう感情からくるものなのか、俺には解らない。きっと、彼女にしか分からない。


「あーあ、折角驚かせてあげようと思ってたのに!!」


 そして隠していた右手を出す。その手にはあの鉈が握られていた。…これも驚く事ではなかった。

 俺はバットを彼女に向ける。彼女も鉈をこちらへ向ける。


 そして俺は、彼女の名を叫んだ。


「もう、終わりにしよう………レナ!!」




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