ナイト・オブ・ブレイク 一章



 鉈とバットが月夜に煌く。

 禍々しい煌きを放つ鉈を振り上げてレナは俺に襲い掛かってきた。


「くぅっ!」


 恐ろしいほど躊躇の無い上段からの一撃を俺はバットの端を両手で掴み受け止める。火花が散り

俺とレナの視線が交錯する。


「あっはははは!! よく受け止めたね! 普通怖くないかな、かな!!」

「怖いさッ!!」


 バットを上に押し上げレナの鉈を弾いて、すぐさま俺は野球でするようなフルスイングを彼女の

脇腹目掛けて振る。だが紙一重でレナは身体を反らして避けると肩で体当たりしてくる。


「しまっ…!」


 攻撃の直後は一番隙が出る。俺はモロに食らってしまい地面に倒れてしまう。見上げると

月を背負ってレナが鉈を振り上げ――――


「うおおおっ!!」


 もうそれは本能の動きだった。それを見た瞬間、俺は横に転がり真っ二つになるのを回避した。そこ

からすぐに立ち上がり距離を取る。だがそれをあいつが許す訳が無い。獣のように低い体勢で走り

俺を追ってくる。イニシアチブは完全にレナに取られてしまった。


(どうする…?)


 追われていては何もできない。不意を突いたつもりで振り返ってもレナに通用するとも思えない。

 だったらどうするか? そんなの決まっている。


 ただそれを実行するのみ!


「!!」


 俺が急に振り返った事にレナは一瞬目を丸くしたのを俺は見逃さなかった。そう、分かっていても

やるはずがない、もっと逃げるはず、そういう心理を逆手に取ったのだ。これが長い時間追われて

いては成功はしない。だが、数秒の内ならこの方法は成功する!

 ただし、それにはこちらもそれ相応のリスクを背負わなければならない。例えば相手と同じ力量を

持ち合わせているかどうかだ!


「シッ!」


 まともにレナの鉈とぶつかり合う。バットと鉈がぶつかり鈍い金属音を上げた。助走の分レナの

方が力は勝るがそれは計算済みだ。


「ッ!?」


 ぶつかった瞬間、俺はわざと力を入れずに流した。当然勢い余ったレナは前につんのめる。その隙を

俺は逃さない。レナを横に避け、無防備になった背中にバットを―――


「なっ!?」


 俺のバットは思わぬ一撃で弾かれた。レナは背中を向けているにも関わらず俺の放った一撃を

振り向き様に弾いたのだ。こいつ、背中に目ん玉でもついてんのか!?

 だがそんな風に驚いている場合ではない。相手は俺を「殺しに」かかっているのだ。手を休めない。

だからこちらも逆に殺し返す位の勢いでいかなければならない。


「惜しいよ、うん、惜しい惜しい!!」


 そう笑いながらレナは反撃してくる。大上段からと思いきや一回転しての横薙ぎ。回転の力も

加わりバットで防御しても身体ごとやや弾かれる。レナの攻撃に躊躇は無い、その分重みも増す。

 だが、そんな事でやられる訳にはいかない。まだレナに頭をかち割られる訳にはいかない。俺は

やらなければならない。俺は俺なりのやり方で、レナの闇を取り除かなければならない。


「あぁぁっ!!」

「ッ!!?」


 俺の咆哮と共に繰り出された一撃がレナを鉈ごと弾き飛ばした。初めての事に彼女は目を見張る。

今の俺の顔はどんなだろうか? 鬼気とした感じなのだろうか? それともレナと同じく歪んだ笑みを

浮かべているのだろうか? この極限の戦いの中、まともな顔でいられたならばそれは…同様に

狂っているといえるだろう。


「へぇ……圭一くん、これは「殺し合い」なんだよ? いくら部活で鍛えてるからって普通は

ここまで出来ない」

「…それは単純な話だ」

「単純な話?」

「怖くないからだよ。…死ぬ事が」

「…………ははっ、はははは、あーっはっはっはっはっは!!」


 俺の言葉にレナは高らかに笑った。それは明らかに面白がった笑い方。


「面白い……本当に面白いよ圭一くん! 死ぬ事が怖くない? そんなの嘘だよ」

「嘘だと思うか?」

「嘘だね」

「ははっ」


 その瞬間、俺は一気にレナの真ん前に距離を詰めた。正に目と鼻の先まで近づいた俺の奇行にレナの

歪んだ顔は初めて消えた。


「なっ…」


 あまりにもの行動にレナは鉈を動かそうともしない。俺の行動が信じられないと瞳が物語っている。

 至近距離、いつレナの凶刃が飛び出すか分からないのに俺は至って冷静だ。 


「な? 言っただろ? 死ぬ事が怖いんならこんな自殺行為はしない」

「………どうして、ここまで出来るの?」

「……」


 それは…アレを思い出したから。

 これは俺の贖罪なんだ。そして、「あの時」お前がしてくれた事を俺もやっているに過ぎない。


「お前は知っているはずだ。今の俺の気持ちを」

「し、知らないよそんなの」

「それを思い出させる為に、今ここにいる」


 俺がどれだけ、アレを思い出して身の裂ける思いをしたのかお前は分からないだろうな。

 本当なら、今すぐにでも俺の頭をお前の鉈で叩き割ってほしい。

 だけどそれは出来ない。今は、まだ…


 俺はレナに背を向けて少し離れる。その間レナは襲い掛かってこない。まだ俺に困惑しているようだ。


「来いよレナ…ウォーミングアップはこれ位にしようぜ」

「………何なの…」

「……」

「お前は一体、何なんだ!?」


 凄まじい形相でレナは地を駆ける。右手に鉈を持ち、片手で鉈を振り回す。単調な攻撃、俺は

バットで防御するがそれは罠だった。空いた左手で俺の襟首を掴み、引き寄せて膝蹴りを俺の鳩尾に

突き刺す。


「がっ!」


 激痛と共に息が止まる。その間にレナは鉈を振り上げ――

 まずい!!

 腹部に走る激痛に耐えながら必死に俺はバットで鉈を受け止める。


「甘いよ!」


 受け止める事は計算されていたのか、すぐにレナは鉈を振り上げる。今度は受けきれる自信は無い。

俺は逆にレナの脇へ飛び込み前転する。これは予想外だったのかレナの鉈を振り切り距離をあける。


「くっ……ハァ、ハァ………」

「ちょこまかと……そうやって逃げる事が圭一くんの言う何かを思い出させるという奴なの?!」

「ちっ…言った傍からこれじゃあそう言われるのも無理はないわな…!」


 ダメージの回復を待つレナではない、猛然と襲い掛かってくる。思い切り力の篭った袈裟斬りを

数回放ってくる。俺も同様に打ち返すが今の俺では完全に返しきれない。何とか踏ん張るが数回剣戟を

繰り広げるだけで鳩尾へのダメージがこみ上げてくる。


「あっはははは!! どうしたのかな圭一くん! それじゃあ頭を叩き割られるのは時間の問題

だね!」

「ふざけんじゃねぇ! 俺を…誰だと…思ってやがる!」


 こんな痛み位でへばってる場合かよ……まだ始まったばかりだろうがッ!!


 素早い振りでレナの頭を狙う。それをレナはしゃがんで避け、下から上へ鉈で斬りつけてくる。それを

俺は回転して避けてその勢いでレナの背中を狙う。レナは前へ飛び込み前転をして俺の攻撃を避けて

こちらへ振り向き、鉈で突いてくる。それを打ち落とし、鉈を踏みつけて地面にめり込ませる。


「ッ!」

「これでっ――」


 詰み――だと思ったが甘かった。レナは鉈を手から離し俺のバットを避けた。


「戦いの最中で武器を手放すなんて甘いな!」

「甘いのは圭一くんだよ!」

「なっ!?」


 俺が鉈から足をどけるとレナは思い切り右手を後ろへ引いた。すると鉈が地面から飛び出し

レナの手へと収まった。


「くそっ…テグスか!」

「あははっ、よく分かったね!」


 釣り糸なんかに使われるテグスは透明でこういった満月と外灯位しか明かりの無い場所じゃ

見えづらい。…くそっ、俺がここへ呼び出したのにどうしてそんな用意までしてるんだよ!


「これにはこういう使い方も……あるんだよっ!!」

「!!」


 レナはいきなり俺へ向かって鉈を投げつけてきた。何とかそれを弾くが、弾き飛ばされた鉈は

何とまた俺の方へ飛んできた。


「何ッ!?」


 あり得ない動きに少し反応が遅れた。弾くより避ける事を選んだが左腕をかすめる。


「うっ!」


 俺の腕をかすった鉈はぐるりと回ってレナの手へと戻った。

 あの動きは……そうか、テグスで鉈を操って……。テグスはあのリストバンドに巻きつけている

のだろう。そしてテグスを手で掴んで……だけど、そんなの昨日今日で身につく技じゃないぞ。…いや、

今のレナならそれが可能なのだろう。「あの状態」は身体は激しく動き、だけど頭の中は極めて

冷静なんだ。人間の潜在能力を引き出しているのと同じなんだろう。


「あっはははは! よく弾いたね! でも、次はそうはいかないよ?」


 またレナは勢いよく鉈を投げてくる――が、後ろに引き寄せ、腕をぶんぶんと振り回す。すると

レナを中心に鉈が空中に勢いよく回る。まるで鎖鎌のようだ!


「!」


 鉈が飛んでくる! 何とかバットで弾くがすぐにレナは鉈をテグスで引いてまた振り回す。

 くそっ…これじゃあ近づく事ができない!

 どうする? 弾いた後、鉈を引く瞬間を狙って一気に差を詰めるか? いや、そんな事しても

テグスで鉈を引っ張ってレナが鉈を手に取る方が早い。

 …なら、鉈を掴むか。だけど、それは危険だ。たとえ鉈を止めたとしてもレナを止めた事には

ならない。その瞬間、レナはテグスを巻きつけたリストバンドを外して俺へ鉈を取り返しに向かって

くるだろう。

 しかもあの鎖鎌のような鉈をそう何度も防げるとは思えない。接近戦に持ち込んでもすぐ鎖鎌状態を

止めて通常の使い方にすればいい。


「ちっ……よく考えたぜ、ちくしょう…!」

「流石に圭一くんでもこれは厳しいみたいだね! 圭一くんも同じことをしてみれば? …だけど

その前に、その頭を叩き割るけどねえええええええ!!」


 レナが鉈をサイドスローで放つ。大きく円を描いたと思ったらいきなり鋭くこちらへ向かってくる。

バットを縦にして防御、鉈は上へと弾き飛ぶ。…上へ!?


「しまっ―――」

「あっはははは!! そうするのを待ってたんだよ!!」


 レナは巧みに鉈を操って俺が防御するのと同時に鉈を上へ飛ばしたのだ。それは一瞬、上へ飛んだ

鉈は勢いよく俺の頭上へ落ちて―――




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