ナイト・オブ・ブレイク 三章



 月夜の下、俺の叫びが空しく響く。

 苦痛に歪むレナの表情が一瞬消えた。動揺したと言えばいいのか。


「よく、噛み締めろ……それが、お前の犯した…罪の、1%だ……」


 果たして、俺の言葉はレナに届いただろうか……。俺にはこんな方法しか思いつかなかった。

 事実、「あの世界」では俺にレナ達の言葉は届かなかった。言葉だけでは駄目なんだ。

 ならどうすればいい? 分からせてやるんだ。自分のやった事を、直に。


「ど……して…?」

「?」


 消え入りそうな声でレナが何かを呟いた。どちらもその場に座っているので視線は同じだ。視線が

交錯する。てっきり殴った事による憎悪の瞳を向けるかと思ったが、苦しみの中に困惑が混ざった

複雑な表情をしていた。そして今度ははっきりと聞こえる。


「…どうして……分かったの? 気付いたの?」

「………鉄平とリナの事を知ってるのは俺達…部活メンバーだけだ…」

「……それだけ…で?」

「いや…それだけじゃ分からなかった。…決め手になったのは偶然だ。名推理とかそんな

大層なもんじゃない」


 もう思い出したくない。あんな……みんなの姿は……



「俺だって信じたくなかった……みんなが死んだ事…そして、殺したのがお前だって事……

それを知った時、俺がどんな気持ちになったか……分かるか? 分かるかッ!!!」

「………」

「仲間だった…仲間だったお前が…俺達は、仲間は家族も同然じゃなかったのかよ……

お前には、あのゴミ山での事は何の意味も無かったのかよ……ッ!!」


 俺は搾り出すように叫んだ。叫んで、身体中から力が抜けた。

 こんな事、言いたくなかった。例え目の前にいる奴が俺の大切な仲間を殺した犯人だとしても、彼女

も俺にとって大切な仲間なんだ。そう、大切な……


 脱力した脳裏には記憶が蘇っていく――――






 ゴミ山での出来事から1日経った夜――


「何だって!? お、おい魅音、冗談だったら今からお前の家に乗り込んでぶっ飛ばすぞ!?」

『………本当なんだよ……わ、私だって、冗談で済ませたいよ……』

「あ…わ、悪い……」


 つい怒鳴って魅音に気持ちをぶつけてしまった自分が酷く矮小に思えてしまった。それと同時に

髪を掻き毟って混乱する頭を整理した。


 夜、突然魅音からの電話が来てその内容に俺は衝撃を受けた。

 今日の夕方、沙都子が行方不明になった。

 梨花ちゃんから魅音に電話があったようだ。梨花ちゃんの話によると買い物に行ったっきり

帰ってこなかったようだ。


『酷く、混乱していたよ…梨花ちゃん……聞いてるこっちが苦しくなる位に』

「そりゃそうだ…梨花ちゃんにとっては一番の、家族も同然…いや、もうそんな言葉じゃ計れない。

そういう存在なんだ、沙都子は。それがいなくなった……たまらねぇよ、そんなの」


 そして、沙都子がいなくなったショックは梨花ちゃんだけではない。俺達にも広がっていく。


「おい魅音、電話なんかしてる場合じゃねぇ! 俺はレナに連絡するからお前は園崎の……って、あ…」

『………そう、なんだ。圭ちゃんの考えてる通り。……園崎の家の力は当てに出来ない』


 先日のゴミ山の一件で知ったのだが、北条家はダム戦争以来村から裏切り者扱いされているらしい。

それはどうやら俺が考えているよりも根が深いようだ。

 だが、知らない故に俺の中に怒りが湧いてくる。


「……俺は深い事情は知らないから口を挟むのはお門違いなのかもしれないけど……昔何があったのか

なんて分からないけど、沙都子だってこの村の一員だぞ!? 子供なんだぞ!? 村を売ったとか

何だとか、そんなのもう昔の話だし、何より沙都子には何の関係も無い!! 大体子供一人行方が

知れなくなったんだぞ! 探すだろ、普通!! ………くそっ!」

『圭ちゃん………』


 ここで魅音に怒鳴っても何にもならない。そんなの分かってる。それに今は沙都子を探すのが

先決だ。


「…警察には、もう?」

『うん、もう連絡した。……でも、警察だけに任せてられない。いつもの場所で落ち合おう。

私達だけでも沙都子を探すよ』

「当たり前だ。じゃあ俺はレナに連絡する。魅音は梨花ちゃんを頼む。……ショックで落ち込んで

いるとは思うけど、誰よりも沙都子を探したいと思っているはずだ」

『そうだね…うん、分かった。じゃあ切るよ? いつもの場所でね」

「ああ」



 魅音との電話の後、俺はレナに沙都子の事を伝えた。反応は俺の時とほぼ変わらず、取り乱していた。

無理もない、そして不謹慎だと思うが俺達の誰がこういう事態になってもそうなっていただろう。

 すぐに俺とレナはいつもの場所で落ち合った。俺も、レナも、落ち着きがなかった。


「どうして…沙都子ちゃんが…」

「………なぁ…これって、鬼隠しって奴なのか…?」

「………」


 やっぱり今の発言はまずかったか。まだそうと決まった訳じゃないのに…俺って奴は。


「悪い…」

「ううん、いいよ……」


 言いたい事は山ほどあるのに、互いに押し黙ってしまう。

 勢いで探すと言ったけど、何処を? 沙都子は行方不明、どうして? 誘拐? 失踪?


 駄目だ駄目だ駄目だ!! 自分でパニックになるな圭一! 最初から希望を無くしていては

見つかるものも見つからない!


「おーい! みんなー!」

「!」


 声のした方を向くと魅音と梨花ちゃんがやってくる。……想像以上に、梨花ちゃんは憔悴した

感じだ。そんな様子に俺は息を飲んだ。

 俯いていた梨花ちゃんは急に顔を上げて俺達に問いただしてくる。


「どうして…? 何で沙都子が!? あいつはもういないのに……なのに、どうして沙都子が

いなくなるの? 誰が沙都子を連れ去るっていうの!? ねぇ、どうして!?」

「り、梨花ちゃん…」


 普段、絶対に見る事の出来ない梨花ちゃんの取り乱した様子は俺達を閉口させる。


「もう…どうしていいか……沙都子…沙都子ぉ……」


 そして泣き崩れる梨花ちゃん。あの梨花ちゃんがこんなになるなんて……改めて梨花ちゃんにとって

沙都子がどういう存在なのか思い知らされる。


「…探そう。まだ沙都子はいなくなった訳じゃない」


 魅音の一言を聞いて、梨花ちゃんは魅音につっかかる。


「探す!? 何処を!? 気休めなら止めて! みんなも分かってるでしょ!? あの沙都子が簡単に

いなくなる訳がない! ならどういう事!? それはつまり……つまり……っ……」

「梨花ちゃん!」


 取り乱す梨花ちゃんを後ろから抱きしめるレナ。


「梨花ちゃん、あなたがそんな事を言っては駄目!」

「うるさい! もう無駄なのよ! これは鬼隠しなんだから!!」

「………」


 梨花ちゃんの中にある絶望がどれほどのものかは本人以外は分からない。


「梨花ちゃん……」


 こんな事ではいけない。少なくとも俺はそう思う。ここで泣いているよりかは…


「…まず、どうして沙都子がいなくなったのかを考えよう」

「圭ちゃ――」

「圭一ッ!! あんたは……」


 物凄い形相で梨花ちゃんは俺を睨む。俺はその怒りの瞳を甘んじて受ける。


「梨花ちゃん、ごめん。……だけど悲しんでここで泣き崩れるよりかはマシだと思う。一歩進む事を

止めた奴にその先にある物を掴む事は出来ない、と俺は思うんだ」

「―――ッ!」

「?」


 俺の言葉を聞き、梨花ちゃんは大きな目を更に見開いた。そしてさっきまでの取り乱し様が嘘の

ように引き、大人しくなった。何やら神妙な顔をしている。


「…なら、せいぜい見せてもらおうかしら。あなた達がどのようにするのかを」

「梨花ちゃん……」


 よく分からないが、梨花ちゃんは少し落ち着いたようだ。…普段とは言葉遣いが違うのがちょっと

気になるが。




「まずは沙都子ちゃんの動向を調べよう」


 レナの一言から俺達は考える。闇雲に動いても見つかるものも見つからない。


「梨花ちゃん、沙都子は買い物に行ったんだよな?」

「はい…いつもと同じお店のタイムセールに行くと」

「沙都子に何かおかしい所は無かったか?」

「…いいえ、特に」


 買い物が嘘という線は無いか。誰かに呼び出されたとかは無い訳だ。


「そうだレナ。あんたよく沙都子と買い物する時会うって言ってるよね? じゃあ今日は会ったり…」

「ごめん魅ぃちゃん、そうだったらとっくに言ってる。…レナ、今日は買い物してないから」

「あ、そうなんだ…」


 魅音はうなだれる。だがレナが一緒ならこんな事は起きていないだろう。


「それに、どうして沙都子の行方が分からなくなったのか。……言いたくはないけど、俺はこれは

誘拐か何かだと思う」

「…レナも」

「ど、どういう事?」


 俺とレナが同じ意見を言うと魅音は訳を訊いてくる。


「考えてもみて? 梨花ちゃんが待ってるのに沙都子ちゃんが寄り道とかすると思う? もし誰かの

家に寄ったとしても連絡位は入れると思う。それに買い物をしてくるという明確な目的があるのに

沙都子ちゃん自身が何処かへ行くなんてあり得ない」

「そうか…確かに」

「それに……誘拐なのは可能性が低くないかもしれない」

「「!!」」


 レナの確信めいた言葉に俺達は息を飲んだ。


「もしかしたら、鉄平がいなくなった事でその仲間が居場所を聞き出す為に沙都子ちゃんを攫った

のかもしれない……」

「なっ!? ど、どうして?」

「そっか、圭ちゃんは知らないよね。あの「北条」鉄平ってのは沙都子の叔父なんだよ」

「!」


 鉄平が沙都子の叔父……これは偶然か?


「でもそれなら可能性はあるかもしれない。あの野郎の仲間だ、どうせろくでもないゴロツキだよ。

そんな奴らだったら沙都子を連れ去るってのもあり得ない話じゃないね」


 魅音が嫌な事を思い出したように地面を蹴る。


「そうだとしたら…沙都子が危ない!」


 焦る気持ちが俺の足を動かせる。それと同時に俺の視界が光に包まれた。


「!?」

「おやおや、いけませんね〜。子供がこんな時間に外をうろついていては」


 その光は車のライトだった。そして車の中から間延びした男の声が聞こえる。やがて声の主は

車から出てくる。…太っているがもう若くない男だ。


「大石…」

「魅音、知ってるのか?」

「どうも、私興宮署の大石と申します」


 警察の人か…。警察……警察!


「あ、あの、俺達いなくなった友達を探していて……それで」

「えぇえぇ、存じております。私達も全力をもって北条さんの捜索をしている所です」


 あ、そうか…魅音が警察に連絡したんだっけ。もしかしたら何か情報を掴んでいるかもしれない。


「みんな、行こう。それじゃあ大石さん、さようなら」

「お、おい魅音!」


 魅音がみんなを扇動する。今すぐにでもこの場から立ち去りたいといった感じだ。現にとても

嫌そうな表情で大石さんを見ている。だが大石さんはそんな事を気にも留めずメモ帳を取り出す。


「おや、いいんですか? 参考になる程度の情報はあるんですがねぇ」

「本当ですか!?」

「えぇ。ですが、期待しすぎないようお願いします」


 それを聞いて立ち去ろうとしていた魅音は嫌な顔をしながらもその場に残った。


「北条さんは…その、雛見沢では特殊な立場におられるので村の内部では聞き込みが出来なかった

ので、北条さんが行かれたスーパーで聞き込みしてみたんですよ」


 村の内部では……か。みんなの表情がその時だけ硬くなる。くそっ……


「で、店員などに聞いてみたんですよ。ですがね? おかしいんですよ。まぁ特徴のある子です

からいたかどうかなんて思い出せるはずなんですよ」

「……?」


 なんだ? 何か変だ。大石さんの言い方は何か変だ。その言い方じゃ……


「…北条さん、来てないらしいんですよ。スーパーに。恐らく間違いない情報です」

「なっ…じゃ、じゃあ!」

「えぇ、そうです。北条さんは買い物に出かけたその時間帯にいなくなったという訳です」





 どうして……どうして、どうして!!

 友達だった…最高の仲間だった…!!

 なのに、どうして……俺の命を狙ったんだよ!!




 私を、信じて―――



「うわあああああああああああああああ!!!」


 絶叫と共に俺は目覚めた。全身は汗で濡れ、息は荒く目は見開いている。

 ここは…俺の部屋……だけど、俺はさっきもここにいなかったか?

 いや、何を考えてるんだ俺は。部屋で眠ったんだからさっきも何もここにいるのは当たり前だろう。


 だけど、決定的な違いがあった。

 部屋は赤い何かが飛び散り、俺はバットを持っていて……何かを殴って……

 何かとは…人?

 分からない……俺のよく知っている人だった気がするんだが……

 夢なのに、夢とは思えないリアルな感触が今も手に残っているような気がして……


「うっ…」


 吐き気がした。



 沙都子がいなくなった次の日、当然学校は騒然とした。結局未だに沙都子は見つかっていない。

 昨日の夜、俺達は探せるだけ探したのだが見つからなかった。疲れ切った俺達は何も喋る気にもならなかった。


 沙都子が、仲間が一人いなくなっただけでこんなにも違うのか、俺達は。

 今すぐにでも沙都子を探しにいきたい。走って、走って、走り回って……


 だが、俺は最低だ。

 今、俺の頭の中にあるのは今日見た夢の事ばかり。

 一体、あれは何だったんだ? そして、どうして夢なのにこうも気になる? 何か思い出さなければ

ならないような責任感のようなものが湧き上がる。それが焦りのようにも感じられる。


「くそっ…」


 俺が突然髪を掻き毟るとレナや魅音が心配してくる。


「ど、どうしたの圭ちゃん?」

「大丈夫?」

「あ、あぁ……何でもない、何でも…」

「…沙都子の事でイライラしてるんだよね?」

「………」


 俺は首を横に振った。自分でも最悪だと思ったが嘘をついたとしてもすぐにバレるだろう。だから

素直に白状する事にした。


「実は…」


 俺は三人にあの夢の事を話した。ただ、漠然とし過ぎて意味が分からないのか「ただの夢」だと

一蹴された。釈然としなかったがみんなにそう言われて前よりかはあまり気にならなくなった。


「………」


 ただ梨花ちゃんは俺の話に乗ってはこなかったが。…無理もないけど。



「どうしたんだ梨花ちゃん?」


 昼休み、俺は梨花ちゃんに呼び出され校舎裏にやって来た。

 少し意外だった。だって今までまるで口を開く様子も無かったのにいきなりこんな事をするなんて。

 しかも呼んだのは俺だけ。どうして俺だけなのかが分からなかった。


「……圭一」


 梨花ちゃんは明らかに変だった。何か言いたいのに言い出せないような、そんな感じだ。


「どうした? 何か言いたい事があるんだろ? 何でもいいよ、言ってみろって」


 なるべく梨花ちゃんが言い易いように俺は敢えて気さくな感じで言ってみる。すると梨花ちゃんは

静かに言った。


「……圭一、さっきの…夢の事……どう感じましたですか?」

「え?」


 その質問も意外なものだった。そして何故さっきは何も話に乗ってこなかった梨花ちゃんが

ここで聞いてくるのか。


「えっと…どう感じたと言われてもな……」

「何でもいいのです。何でも…」


 梨花ちゃんの表情が真剣なのは一体どうしてだろう? どうして俺の夢なんかにこうも食いついて

くるのか。理由は彼女にしか分からないだろうが……


「……自分がって事がとても嫌な感じだけど、夢に出てきた材料から察するに……俺が誰かを

殺している…って夢なんだと思う。あ、あはは、嫌な夢だよな? 誰かを殺す夢なんて」

「……誰を殺しているかは分かりましたですか?」

「誰を…?」


 誰をか……夢だからもうあまり覚えてはいないけど…


「……何となく、だけど二人いたような気がするんだ…。だけどそれが誰だったかはもう思い出せない」

「そうですか……。圭一、その夢…もし本当の事だったらどう思いますか?」

「夢が…本当だったら?」


 梨花ちゃんは頷く。

 あの夢が本当の事だったら……いや、もしもの話なんだからそこまで深く考えなくてもいいんだけど。


「…最低の野郎だな、俺は。あぁ、最低のクズだ。だって、人を殺してんだから」

「……レナは殺してますです」

「………」


 そういえば、そうだったっけか…。でも、あいつは悩みに悩んで、これしかないって事であんな

馬鹿げた事をしでかしたんだ。当然悪い事だけど……


「レナのなんかより、俺の夢の方が悪いな。それは間違いない」

「ど、どうしてそう思うのですか?」

「……あれ? 何でだ…?」


 何故、俺は今きっぱりと言い放ったんだ? 自分でもよく分からない夢なのに、何故か確信めいた

ものがあった。


「人殺しに優劣なんてありゃしない。だからレナのやった事は一生をかけて償わなければならない罪だ。

だから夢の中の俺も絶対に許されない。…って、夢なのに何マジになってんだろうな、俺―――って

梨花ちゃん?」


 梨花ちゃんが俺の身体を屈ませて頭を撫でる。俺はよく分からないまま梨花ちゃんの手を

受け入れる。


「ボクが、許します」

「えっ?」

「世界があなたを許さなくても、ボクは圭一やレナを許しますです。…だって、あなた達の罪は

とても悲しい誤解から……」

「り、梨花ちゃん?」

「……今のは忘れてくださいなのです。にぱー」



 その時の梨花ちゃんの顔は笑っているのに…とても悲しかった。





 その翌日、梨花ちゃんは学校に来なかった。しかも学校に連絡もしないで。…だが無理もない。

沙都子がいなくなって二日目。警察の大石さんと一昨日会った時に連絡を取れるようにしてもらった

のだが、昨日も今日も大した情報は無かった。目撃情報も無し、何処にいるのかも分からない。


 そう、これじゃあまるで……


「…なぁ、梨花ちゃんに会いに行かないか?」

「会ってどうする? 励ます? …止めておいた方がいいよ」

「そうだけど…」


 レナの言うとおりだけど、仲間の俺達が何もしないのもどうかと思う。


「確かにレナの言う通りそれは押し付けがましいけど……行くだけでもしない?」

「魅ぃちゃん…」

「何もしないで決め付けるよりかはマシだよ。それは沙都子を探す事にも共通する。ね?」

「……そう、だね。うん」


 魅音の言葉には共感できた。それにこの言葉に近い事を俺は梨花ちゃんに言ったはずだ。

 俺達は梨花ちゃんの家に行く事にした。



「梨花ちゃーーーーん!」


 家の前で名前も呼ぶも全く反応は無し。梨花ちゃんの心中を察すれば無理もない事だが。


「家に入ろうぜ」

「ちょ、ちょっと圭ちゃん。流石にそれはどうかな?」

「何だよ。ここまで来ておいて顔も見せずに帰るのか?」

「だけど……」

「それに…ちょっと、な。身体がざわざわしてるんだよ……」

「…え?」


 梨花ちゃんの家に近づくにつれ、俺は変な感じがした。この感じが杞憂であればそれでいい。それを

確かめる為にも家の中に入らないといけない。


「デリカシーが無いって蔑まされてもいい。とにかく俺は入るぞ。二人はそこで待ってろ」

「あ、ちょ、圭ちゃん!」

「圭一くん、待って!」


 玄関を開け、中に入ると二人も後をついてくる。


「………」


 階段を上る度に胸の動悸が早まってくる。ギィ、ギィ、と鳴る階段がやけに不気味に感じられる。

 人は何故、怖いものを見たがるのか? わざわざ恐怖の中に飛び込む真似をするのか?

 それは好奇心。人間が人間である一端。

 それが自身の首を絞める事になるとしても、止まらない。止まれない。

 そう、止まらないのだ。



「………梨花、ちゃん?」


 戸を開き、部屋の中に入る。

 部屋の中は赤かった。それは窓から部屋の中へと入る夕焼けの光だった。


「梨花ちゃん? いないの?」


 レナや魅音は最初はきょとんとした表情で部屋を調べるが、やがてその顔は青ざめてくる。


「う、嘘……」


 魅音が膝をつき、レナが口を手で押さえる。

 俺は…ただ呆然とその光景を見つめる事しか出来なかった。



 梨花ちゃんが、消えた。




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