ナイト・オブ・ブレイク 四章



 その日、雛見沢村は騒然となった。

 それもそのはず。オヤシロさまの生まれ代わりとも言われている梨花ちゃんが失踪したからだ。

 村のお年寄りは勿論、園崎家も総力を上げて村の中を捜索している。今は夜だというのにまるで

祭があるかのように騒がしい。


「……クソがっ!!」

「圭一くん……」


 俺は近くにあった木を思い切り殴った。案の定手に痛みが走るがそんなはどうでもいい。


 何故、これを沙都子の時もしてやらなかったのか。俺は怒りを隠せるほど年は食ってなかった。

梨花ちゃんを探す村人をさぞ憎しみの篭った目で見ていた事だろう。


 俺達は梨花ちゃんの家の前で長い事呆けていた。

 沙都子に続いて梨花ちゃんが消えた事は俺達に大きなショックを与えた。もう探す云々よりも

その事実に愕然としてしまう。


「何が…起こっているの? これも…雛見沢連続怪死事件なの…?」

「魅ぃちゃん…しっかり……」


 震える魅音をレナは優しく抱きしめる。

 俺達は何処か確信していた。きっと、梨花ちゃんは見つからない。沙都子と同じく…


 これは恐らく……鬼隠しなのだから……



 翌日、雛見沢分校は悲しみに沈んでいた。

 クラスの皆や知恵先生、校長先生も暗い表情で俯いていた。特に沙都子や梨花ちゃんと同じ位の

子達は震えていた。次は自分なのでは? と自分の身に降りかかるかもしれない恐怖に身を震わせる。


 俺達部活メンバーは一言も話さなかった。登校する時も、一緒に昼食の時も……当然部活なんて

やるはずもなく、ただ黙するのみ。

 下校時は保護者がこぞって子供達を向かえに来ていた。次はいつ誰が隠されてしまうのか分からない

からな…。



 土曜日は半日で学校が終わりだというのに誰も浮かれた様子は無い。本来なら明日は綿流しという

お祭があったのだが、梨花ちゃんが行方不明になり中止となった。今では子供が村を出る事も

なくなっていた。常に何かに恐怖しなければならない日常は確実に人々の心を蝕んでいった。



 いつまでも悲しみに暮れていてはいけない。

 家に帰った俺は自分の部屋でずっと考え事をしていた。当然沙都子と梨花ちゃんの失踪についてだ。

 まず二人が失踪した訳。それは不明だ。何故消えたのかは分からない。もしこれが誘拐の類だとして

その動機は? この二人を攫う理由……二人の共通点は?

 沙都子と梨花ちゃん…同じ家に住んでいて、一番の友達同士。いや、そうじゃない。何かある……

この二人の同じ共通点……もっとよく考えろ…

 年齢…いや、違う。身長…確かに同じ位だが……違う、そんな事じゃない。

 沙都子と梨花ちゃんと言えば、俺達の仲間。そう、部活メンバーだ。

 でもそれが失踪とどう関係が…? いや、もしかして部活メンバーでの共通点が何か関係している

のかもしれない。

 …意外と最初に考えられた鉄平の仲間の犯行なのかもしれない。だけどそれを警察に言う訳には

いかない。勝手な考えかもしれない。姿を消した二人に失礼かもしれない。でも俺達はこの事は

秘密にする事を誓っている。それは二人の意思でもある。

 それに沙都子は鉄平と関係があるからまだ分かるが梨花ちゃんが攫われるのはちょっと違うと

思う。それに鉄平は興宮にいたんだ。沙都子が攫われる道理は無い。


 …分からない。そもそも警察が未だに分からない事件を俺みたいなガキが簡単に解明できる訳が

無い。でも、もしかしたら俺達にしか分からない事があるのかもしれない。

 やっぱり一人で考えるのには限界がある。レナや魅音と一緒に考える方がいいだろう。

 まずはレナに会いに行こう。あいつは普段はちゃらけてるけど頭が切れる事を最近の事も含めて

知っている。


 こんな時にいるとは思えないけど、ダム現場に行ってみよう。犯人が潜んでいるかもしれないが

少し外に出たい気分だからな。



 外に出て歩いていて思ったんだが、本当に雛見沢全てを警察や村の人達は調べたのだろうか?

 少なくとも、俺がまだ行ってない場所が一つだけある。そこは村の盲点とも言えるダム工事現場。

 粗大ゴミの山で築かれたあそこは人を隠すにはもってこいの場所だ。ある意味ありきたりな場所でも

あり、それ故に調べないのかもしれない。普通ならおかしな話だが、この雛見沢のダム現場に関して

はあり得るのだ。現にレナが実証している。


「いないか……」


 レナはダム現場にいなかった。俺はすぐには帰らずとりあえずダム現場を回ってみた。見落としは

ないかを調べる為に。


「ん…?」


 何だこれ…? 捨てられたタンスに赤いペンキのようなものが飛び散って……



《現実から目を逸らすな前原圭一。お前はこれが何だか知っているだろう?》



「!!?」


 な、何だ!? 今、誰かが喋ったような……

 周囲を見渡すが誰もいない。気配もない。……なら、今の声は一体……?


 その赤い何かはある場所へ向かって一定に落ちている。

 動悸が早まる。その何かはあの……そう、あのレナの隠れ家の白いバンへと続いているのだ。

 自然と息を飲む。一歩、また一歩、ゆっくりゆっくり隠れ家へと近づいていく。バクバクと身体の中が

心臓の動悸でうるさい。


 あの隠れ家へは近づかない方がいいかもしれない。


 そんな考えがふと頭の中で浮かんだ。

 何故?

 分からない。だけど、本能か何かがそう告げている。

 だけど、もう遅い。

 俺は既に隠れ家のすぐ近くまで歩いていて、その中を………



 見た。


「―――――――――――――」












「あ、あ、あぁ………あああああああ………」


 頭の中に、様々なあり得ない記憶が次々と流れ込んでいく。

 おはぎの中に裁縫針…魅音に酷い事を言った……俺はみんなから狙われていると思って……

 何だ…何だ…これ……?

 レナに羽交い絞めされて…魅音が注射器を……そして俺はバットで二人を……

 レナなんか、最期まで自分を庇わずに………


「うあああああああああああああああああああああ!!!! あああああああああああああああ!!」


 俺は…俺は……何てことを………何て…ことを………!!!


「うっ……うえぇぇ………おぶっ………」


 そして胃の中の物を全部吐き出した。涙が流れる。それは嘔吐からのものではない。それは…


「嘘だ……嘘…だ………嘘だああああああああ!!」


 それは、何もかも分かった故の涙。信じがたい真実への驚愕。そして悲しみ……


 車の中には、首と胴体が離れた俺のよく知る三人が……いた。








「レナ…ゴミ山から離れたのは失敗だったな。恐らく、お前は今日適当に理由をつけて魅音をゴミ山に

呼び出した。…こんな時だ。警察は巡回しているかもしれないけど村人が外を出歩くのは皆無だ。

目撃される可能性は低い。そして魅音を……俺がゴミ山に行った時は多分、入れ違いだったんだろう。

だけど、たったそれだけの事が決定的なものになった」

「……そう、だったんだ…。でも、どうしてレナがみんなを殺したって決め付けられるの?」

「あんな場所に死体が隠されていたのが何よりの証拠だ。普通なら…そう、あれだけ一杯人を

隠せそうなものがある場所だ。適当に何か被せて隠すだろ」


 レナは腹の痛みに耐えながら苦笑する。俺は…悲しいだけだった。


「…お前がみんなを殺した理由、当ててみようか?」

「へぇ? 分かるの?」

「分かるさ……。そう、分かるんだ…」


 痛いほどよく分かる。そして、それはとても馬鹿らしい理由だ。


「……鉄平とリナを殺した事をみんながバラすと思ったからだろう?」

「!! ……ふ、ふふふふ……あーーっはっはっはっ!! その通り、その通りだよ!」

「………」

「圭一くんは分かる? いくら仲間だ家族だと言われても、私は人殺し。いつ裏切られるか分からない。

みんなは笑うけど、その仮面の下に何があるかは分からない。それが私は怖いの。耐えられないの」

「……あぁ、分かる」

「分かる!? お前に何が分かるって!? 人を殺した事もないくせに、勝手な事を言うな!!」

「分かるんだよ、それがな。俺も信じられないが、殺した事があるんだよ……お前をな」

「は、はぁ!? 何言ってるの!?」


 お前の心の内はよく分かる。そう、正に俺がそうだったから。お前は人殺しがバラされるのが、

俺はお前達に殺されるのが怖くて…誤解して……


 俺もお前も、間違いを犯したんだ。酷く当たり前の事を全然分からなくて……


「まぁいいよ…。でも圭一くん、どうして私がみんなを殺した事を警察に言わないのかな、かな?」

「やる事があるからだ。……お前には《ここで》知ってもらう。自分の罪を、間違いを……」


 でも、分かっているんだ。お前があの世界での俺と同じ状況に陥っている事を。だから何を

言っても気付く事も出来ず、自分だけ勝手に馬鹿な思い込みをして、勝手に闇に落ちていくんだ……

 そして気付く。絶対気付く。お前なら俺よりも早く。そして俺と同じく後悔するんだ。

 気付けばもう生きていけないかもしれない。罪の重圧に耐えられずレナは死んでしまうかもしれない。

だからせめてここで気付かせる。それが皆を殺した事への贖罪だと思うから……


 今度は、俺が命を懸ける番だ……!!




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