ナイト・オブ・ブレイク 五章



「は、はははははは!!」

「何がおかしい?」


 俺の言葉をレナはあざ笑った。ふらつきながらも立ち上がり、満月と共に俺を見下す。


「何を、どうするのかな? 圭一くん、そんな血だらけの身体でもう動けると思うの? あはは!

それじゃあレナは止められない。そう、止められないんだよ!」

「………」


 確かに、もう全く身体が言う事を聞かない。左腕からは失血が激しく、視界がぼやけ始める。なのに

俺は意識を保っていられる。何故か? …それはこいつの目を覚まさせる事に命を懸けているからだ。


「ははは……」

「…? 何? 何がおかしいのかな、かな?」

「お前、言ってる事がおかしくなってきたぞ。お前は俺を止められないと言った。それは自分が

間違っている事をしていると無意識に気付いているからだ」

「ッ!」


 レナが顔を歪める。遠からず、俺の言った事はそれほど間違ってはいないようだ。

 …こいつは凄い。俺はあの世界で、そんな事微塵も思わなかったのに……こいつは、仲間を3人も

その手にかけて尚、無意識とはいえ気付いているんだから。


「嘘だ…嘘だッ!!」

「じゃあ何で止められないと言ったんだ? それって、俺に妨害されるとマズイって事だろ?

それはつまり、お前が悪い事をしていると認めるも同じなんだぞ?」

「嘘だアアアアアアアアア!!」


 頭を抱えて必死に俺の言葉を否定しようとするレナ。

 レナ、お前はまだ戻れる。気付ける。

 そして、この世界で贖罪する事が出来る。


「…誰も、お前の事を裏切ったりしない。それは俺もだ。それが何故か分かるか?」

「分からない!」

「いいや、分かるはずだ。お前なら……。ただ、それを認めたくないだけだ」

「そんなの知らない!」

「仲間、だからだ」

「仲間なんか、仲間なんて!! そんなの幻想、ただの幻だよ!!」

「お前はそれを確かめようともせず、ただ独りよがりの考えをあの鉈で皆に叩きつけたんだ!!

皆はお前に……仲間に裏切られた!! 逆なんだよ! お前は仲間に裏切られると思っているんだろうが

それは間違いだ! お前が、裏切ったんだ!! 裏切られたくないと考えていたお前が、そのお前が、

裏切ってしまったんだよおおおおおおおお!!」

「嘘だああああああああああああ!!!」



 虫の鳴き声もしなくなった。

 もう止まらない想いが言葉として走る。レナに。そして、その言葉は彼女の心に……


「うるさい…うるさい、うるさいっ、うるさいぃいいいいいい!!」


 届かない。


 鉈ではなく金属バットを手に取り、レナはそれを俺の左腕に……叩き付けた。


「うっぎゃああああああああああああ!!!」


 感覚がなくなっていた左腕から高圧の電流が流れた感じがした。


「あ、ああああああああああ、ああああああああああああああああッッ!!!!!」


 脳が…焼ききれる……蛍の光のようなものが視界に飛び散る。

 レナの暴力は今まで満ちていた俺の魂をいとも容易く削り取る。この一撃だけでレナを元に戻す

という事を諦めかねない……そんな圧倒的な一撃…


「あ、あは、あはははははは!! やっぱりお前は危険だ! 生かしておけない!! 逃がせば

必ず警察にレナの事を言う! ……裏切り者……圭一くんの裏切りものおおおおおおおおお!!

仲間なのに、仲間だったのにぃいいいいいいいいいいい!!」

「うああああああああああああああああああああ!!」


 もう一度左腕に……殴られた? 俺は殴られたのか? それともこの痛みはさっきのものが

続いて…?

 痛い……痛い…痛い痛い痛い痛い痛い!!

 痛みが止まらない……チカチカして何も見えない……死ぬ……これ以上されたら死んで……








―私を、信じて……







「!!!!!!!!!!」


 その瞬間、俺は横に吹っ飛ぶ。何が起こったのか理解できなかったが、視界は鮮明だ。どうやら

レナが俺の頭をバットで殴り飛ばしたらしい。


「きっつい…一撃だな、おい」

「!!? ま、まだ生きてる!?」


 不思議な位に、身体が軽い。……まだ…まだ、終わっていない…。

 これ以上されたら死ぬ? は、上等だ。チャンスが来たって事じゃないか。そう…

 命を懸ける時って奴が……!


「怖かったんだな……」

「な……何……? 何、その目……」

「辛いよな……逃げ出したいよな……でも、安心しろ…」

「や、やめて……」

「ごめんな…信じてやれなくて……でも、今度は…今度こそは、信じられるから……」

「あ……あぁぁっ!!」


 さっきとは逆の方向をバットで殴られた。不思議と、痛みは感じなかった。


「誰も裏切ったりしない……誰が、裏切ったりするものかよ……」

「なんで……なんで……ッ!!」


 また殴られた。何かが割れた音がした。


「みんな……お前が好きだから……大事な、大切な、友達で…仲間で……」

「なんで…そんな……」


 届く、あともう少しで届く。


「だから……な?」

「なんでそんな優しく笑うのおおおおおおおおおおお!!!」



 次で届く、絶対、届く――――



「俺を、信じろ―――」










 あ……もう一言忘れてたな……


 でも、場違いだし………


 はは……結局、言わず終い………だ………















 昭和58年6月19日、雛見沢分校の運動場にて変死体が発見された。


「……なんてこった…」


 ビニールシートで囲まれた場所へ案内された大石と熊谷は顔をしかめた。通報で誰の死体かは

聞いてはいたが、大石はこの目で見るまでつい先日見かけた少年と少女だとは思いたくなかった。


「…これは、誰も死体に触ってはいないんですよね?」

「それは勿論。…というより、動かすにはあまりにも…その……」


 その死体の写真を撮る鑑識の言うとおり、それは口に出す訳にはいかなかった。何故か?

 何故なら、不謹慎だからだ。

 いくらなんでも、死体を切ないながらも一種の芸術作品のようだとは口が裂けても言えない。


 それは変死体だった。

 頭の砕けた少年を頚動脈を切った少女が大切に、愛しげに抱きしめた血まみれの変死体だった。


 

「これは…」


 大石達は校舎の中を調べていた。何故なら校舎へ血が伝うように落ちていたからだ。血を

追って行くと教室に着き、ある一つの机へと導かれる。その机の上には紙が置いてあった。

そしてその紙はこの上なく、この事件を解決する証拠品であり…遺書だった。


「………熊ちゃん、何人か連れて急いでダム工事現場にある白いバンを調べに行ってください。

それと近くの山の捜索手続きも。それで、この事件は終わりです…」


 その紙に書かれていた事は全てだった。

 大石は煙草を取り出し火をつけ、灰をニコチンで満たした。空を見上げれば眩しいほどの晴天。だが

彼の心はそんな気持ちのいい空を見上げても晴れる事はなかった。


「…悲しいですねぇ……。……せめて、天国で仲良く…いつまでも………」


 二人の死体、そしてダム工事現場にあるだろう死体へ向けて大石は両手を合わせた。


 彼の脳裏に浮かぶのは、いつも楽しそうに笑っている五人の子供達だった………




                It is not yet the end...This story is not yet over...




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