ナイト・オブ・ブレイク TIPS:Bye-Bye Letter



「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ………」


 割った。叩き割った。

 両手を広げ、優しい笑顔のまま圭一くんはうつぶせに倒れた。

 倒れたまま動かない。当たり前だ、これで動いたら人間じゃない。


「はは……」


 死んだ……殺した……私が………


「はははは……」


 死んだんだ……もう、二度と、起き上がらない…


「あっ…………ははは………」




 私が、殺した―――




「あーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっは!! はははははははは!! あははっ!

ふふふっ、あはははっ、あははははははははははははは!!!!! うぅ…ふぐっ、ひっく……

……ふあああああああん、うわああああああああん!! あああああ…………ッ!!」


 涙が、止まらない。

 その場に座り込み、子供のように泣きじゃくった。


 私は、何てことを……取り返しのつかないことを……して、しまった……


「ひぐっ、ひっく……あっはははははは……はははははは……」


 泣いているのに、笑い出してしまう。

 楽しいから笑っているんじゃない。

 自分の馬鹿さ加減に呆れ果て、嘲笑っているのだ。


 何故、今更気が付いた!? 何故、どうして!?

 遅い、遅い遅い遅い遅い、遅すぎる! もう何もかもが遅すぎる!!

 折角、みんなが私の罪を受け入れてくれたのに……無かったことに振舞ってくれたのに……


「どうして……どうしてえええぇぇぇ!!!」


 いくら叫ぼうと、後悔しようと、なんの意味もないのだ。

 沙都子ちゃん、梨花ちゃん、魅ぃちゃん、圭一くん……誰も、戻らない。生き返ったりしない。


 みんなは裏切ったりなんかしないのに、そんな事するはずもないのに!!

 するのならあの時、犯行が見つかった時にされている! それなのに私は、私は!!

 あんなにも最高の仲間達を……どうした?

 裏切ったんだ!! 恩を仇で返してしまったんだ!!

 さっき圭一くんも言った! そんなの分かってるはずだった!!


 …だけど私は信じられなくて………勝手な幻想を抱いて……


「………」


 目の前の亡骸を見る。

 最期まで身を庇うこともせず、必死に当たり前のことを私に言った人の亡骸が……



 なに、これ?


「う、うぅ…〜〜………ごめんなさい……ごめん…な…さ………」


 泣く事しかできない。謝る事しかできない。

 押し潰される……罪の重さに、身体が潰される。


 私はとんだ人間だ。

 お父さんを救う為に人を殺し、裏切られるのが怖くて仲間を殺した。

 最低だ。

 信じられないほど、最低の人間だ。

 いや、私は人間じゃないのかもしれない。

 鬼…そう、鬼だ。

 いつの間にか、私は鬼と化していたんだろう。だからこんな酷い事も平然と出来た。







 何を甘ったれた事を言ってるの竜宮レナ!!?

 現実逃避も甚だしい!!

 見なさい、これを!! この惨状を!!

 これが私の罪!! 紛れも無い、今、私が犯した罪!!


 なら私に出来る事は?


 ある…やることが、ある。


「やらなきゃ………ぐすっ…」


 私は学校へと足を向けた。当然鍵がしまっているので、仕方なく教室の窓をバットで叩き割り

中へ入った。…ごめんなさい。

 その中から紙と鉛筆をを探し、そして自分の席へ座り思うことを書き始める。


 その途中、何度も何度も泣いた。情けなくて、泣いた。




 そして書き終えるとまた運動場に戻り、鉈を持って圭一くんのすぐ傍まで行く。


「圭一くん…ありがとう……こんな私にここまでしてくれて……」


 その身体を抱き、砕けた頭を膝に乗せる。顔は血にまみれていたけど、何かをやりきった、そんな

安らかな顔で息絶えている。

 いくら礼を言っても言い尽くせないほど、感謝している。こうしてさっきの戦いを思い出すと

圭一くんの気持ちが染み渡ってくる。きっと、私に殺されることを予想していたのに、全く怖がりも

せずに最期まで…私を……


「そして、ごめんね……本当に、ごめんね………わ…わた…し……うぅ…っ……」


 また涙が溢れる。いつから私はこんな泣き虫になったんだろう?

 …きっと、あの時からだ。みんなが私の罪を許してくれた、あの時から…


「さぁ、レナ……そろそろ、しよう……」


 そして最期の大仕事。鉈を、左手首に添える。


 みんな…ごめん。きっとみんななら生きて償えと言うだろうけど…けど…

 私には耐えられない。この世界は、私が創り出してしまった世界はとても耐えられない。


 …圭一くん、あなたも私に生きて償わせる為に敢えて負けたんだよね? 分かってたんだよ、圭一くんが

本当は本気なんて出していなかったこと。その気になればいつでも私の頭を叩き割れたのに、しなかった。

それは仲間だから……それが仲間を殺した犯人だろうと。


 でも、無理……

 それに私が私を許せない。未だにこの世に生きていることを。

 だから裁きを下す。自らの手で。

 それが逃げだとしても、死ぬという安易な方法で罪を償おうとしても……


 ごめんなさい……知恵先生、校長先生、学校のみんな……私の穢れた血で運動場を汚して。

 ごめんなさい…お父さん、折角仕事も見つかって新しい生活をスタート出来たのに、先立って。

 ごめんなさい……

 ごめんなさい……私の大事な、仲間達……


「―――――――」


 思い切り、鉈を横に引いた。するとビリリッ、とあり得ない位の激痛が全身を駆け巡り、そして

手首が急激に熱くなる。血が、どんどん溢れる。


「あはははは……私の、臆病者……こんな死に方じゃ…みんな怒るよね……」


 私はみんなに凄い酷いことをしたのに、私だけこんな生易しいやり方で……


 血がどくどく、どくどく、どく………


「あ……あれ…? あれ…!? あれッ!!?」


 血が、止まった。

 そんな、どうして!? 痛かったのに…あんなに痛かったのに!!

 もう一回、もう一回やるんだ! さぁ、レナ!!


「うあああっ!!」


 もう一度、鉈で手首を裂いた。二度と味わいたくない激痛が私を襲う。


 ……でも、結果は同じだった。私の力の入れ具合が弱かったのかどうなのかは分からない。だけど

手首から血は流れなくなり………


「う、嘘……なんで、どうして!?」


 自殺しようとしたのに、覚悟を決めて手首を切ったのに、死ねない!!

 痛いのに、こんなに痛いのに、どうして死ねないの!?



 ……圭一くんは、もっと痛かった。

 そうだ、圭一くんなんて腕は鉈が食い込み、何回も何回もバットで頭を殴られた。私がやった。

 他のみんななんて、痛みは一瞬とはいえ首を飛ばされた。


 甘いんだ……

 こんな甘いやり方で死のうなんてしてるから、痛いだけで死ねないんだ。


 手首よりも、もっと致命傷を負える場所がある。

 頚動脈…首だ。

 ここを手首と同じ要領でさっと鉈を引けばそれで終わる。多少痛みを伴いながらの死だが私には

お似合いだ。


 私は鉈を首筋につけた。…それだけで背筋が凍った。

 普通、刃物を首筋の近くに持ってきたりなんてしない。手首とは大違い、自然と息が荒くなる。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………」


 怖じ気付くな……さっとやればいいんだ、さっと。

 さぁ、3、2、1、でやるよ。


 3…

 2…

 1………





「う…うぅぅ……うわぁぁぁぁ〜〜〜……」


 怖い、怖い、怖い……!!

 だって、死ぬんだよ!? これで人生終わっちゃうんだよ!?

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……!!

 死ぬのは………





 また、私は馬鹿なことを……

 下唇を噛み千切らんばかりに噛んだ。自分の浅ましいまでの生への執着に恥じて。

 これは当然の報いなんだ。私自らの手でやらなければいけないんだ!!


 やってやる……思い切り、首を切ってやる!!


「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー………」


 タイミングを計る。いつでもいいのだけど、中途半端になるのだけは嫌だった。

 手は震えて歯はがちがちとしている。こんな感じでは死ねない。

 もっと、もっと心を落ち着かせるんだ……


 息を整える間、私の脳裏には楽しい日々が走馬灯のように流れていく。


 悔しいけれどあの人…

 お父さん…

 沙都子ちゃん…

 梨花ちゃん…

 魅ぃちゃん…


 そして、圭一くん………


「―――――う、うあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 絶叫と共に鉈を………引いた―――――


「あぐ……っ……」


 視界がぐるりと回るのを感じた。

 首が熱くなるのを感じた。



 あ、私死ぬんだ……本当に、死ぬんだ………

 これがただ気絶ってオチで、病院で起きたらどうしよう………

 いや、そんなことはない。だって分かるもの。これ、絶対に死んじゃう。死ねる、死ねるんだ。


「あ……ぐぼっ……がっ…」


 混濁する意識、さっき以上に駆け巡る走馬灯……

 倒れる…身体が、倒れる。



 みんな…私、死ぬね。みんなを殺した罪、これで償えるかな、かな?


 きっと、天国や地獄なんて存在しない。これで私という存在、意識、魂は消え去る。

 でもそれはみんなも同じなんだよね? レナが、それを乱暴に奪い去った…

 だからレナがこうなるのも当たり前な訳で……



 圭一くんの顔が近づく。

 結局、言えなかったあの言葉はもう出ない。出るのは血だけ。

 最期だけ、最期だけ、これだけはやらせて…お願い。


「ん……」


 圭一くんの唇に、唇を重ねた。でもすぐ離れた。初めてで最期のキスの感じは…感覚が無いので分からなかった。

 最期の最期、圭一くんの身体を抱きしめる。

 それでもう、何も見えなくなった。



 もし、次なんてものがあるのなら……もう間違ったりしない……

 例えこの世界と同じだとしても…私は気付く。絶対に……




 みんな…ごめんなさい……

 ごめんなさい…

 ごめん…な……さ…………











 私、竜宮レナは人を殺しました。

 間宮律子、北条鉄平、北条沙都子、古手梨花、園崎魅音、前原圭一の6名を殺害しました。

 間宮律子と北条鉄平はバラバラにしてダム工事現場の近くの山へ埋めました。

 北条沙都子、古手梨花、園崎魅音はダム工事現場にある白いバンの中へ死体を隠しました。

 前原圭一はこの学校の運動場で殺しました。


 この全ては誰の意思でもなく、私自身の意志でやりました。だから私以外の共犯者は存在しません。


 そして、法の裁きを受けるべきなのでしょうが、私は自ら死のうと思います。

 決してそういうのが嫌だとかではありません。自分で死ななければならなかったからです。

 私のやった行いは最低のものだと認識しています。だから自殺という短絡的な考えは間違っている

という事も承知しています。でも、お願いです、死なせてください。


 間宮律子と北条鉄平は違いますが、他の四人は私の大切な仲間でした。

 彼らを殺した理由は単純、他の二名を殺した事を知られたからです。だから殺しました。

 生きて償うことが耐えられませんでした。自殺しなくても、精神は死んでいたと思います。

 だから、まだ意識がはっきりしている状態で死にます。


 ごめんなさい、みんな、殺してごめんなさい。

 こんなことでしか償えない私をどうか蔑んでください。



 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい



 さようなら、死ににいきます




戻る 次へ



inserted by FC2 system