ナイト・オブ・ブレイク 終章



 寝てる……激しく寝てる。珍しい事もあるもんだ。


「ねぇ圭ちゃん……いい加減、先生を騙し続けるのも限界だよ」

「分かってるって。……しっかし…」


 これは…なんて表現すればいいんだ?

 悲しみ? 怒り? 後悔? 喜び?


 うーん……解らないな。そもそも夢なんて色々なものがあるし、寝顔なんてそれこそ様々だ。


 でもまぁ、このままじゃいけないよな。多分疲れているんだろうが、知恵先生のチョークを食らう

よりかは起こしてやった方がこいつの為だ。


「おいレナ。起きろ、起きろ〜」


 肩を揺さぶるが起きる気配が無い。


「――!」


 一向に起きないレナを見て、俺の中の悪魔が目を覚ましてしまった。


「ぐふ、ぐふふふふふ……」

「ちょ、圭ちゃん? なにいきなり気持ち悪く笑って」


 俺は手をわきわきさせながら、息を荒げる。


「ハァ、ハァ…レナァ〜、早く起きないとお前を食べちゃうぞ―――――うぶはぁああ!!!」

「圭ちゃーーーーーん!!」


 その刹那、電光が走った。

 気が付くと俺は教壇まで吹っ飛ばされていた。そして飛んできた俺を反射なのか知恵先生は

ローリングソバットで弾き飛ばした。そして俺は綺麗に自分の席へと戻った。…重症を負って。


「け、け、圭一くん、いやらしい事は駄目なんだよ、だよ!?」

「前原くん! 授業中にふざけるのは止めなさい!!」

「………はひ」


 理不尽……何たる理不尽!!

 一体、一体俺が何をしたっていうんだああああああああああああ!!?


「いや、セクハラしようとしたじゃん」


 魅音、それ身も蓋も無い。



 授業が終わったので俺はレナに訳を聞くことにした。


「え? どうして寝てたって?」

「おう。何だ? 昨日は夜遅くまでゴミ山にでも行ってたのか? それで大物をゲットとか!」

「そうだねぇ、レナが授業中に居眠りなんてあまり無い事だし」

「何かありましたの? レナさん」

「みぃ」


 俺達が話していると沙都子や梨花ちゃんがやってきた。当然二人にはバレていただろう。


「別に昨日はそんな凄い物を掘り当てたとかは無いから」

((やっぱり行ってたのか……))


 俺達のモノローグはシンクロしていただろう。


「じゃあ何で寝てたんだよ。何か隠してないか?」

「何もないよ〜。レナだって、たまには寝ちゃうよ」

「ん〜、そっか。まぁそんなこともあるか」


 でもなんか腑に落ちないな。とはいっても大したことでもないからそこまで気にはならないけど。


「レナ、どんな夢を見ていたのですか?」

「ん……ごめん、もう覚えてない。………でも」

「でも?」

「……なんとなく、だけど……悲しい夢だったような気がする。そう、確かそうだった。

思い出そうとすると胸が苦しくなるような……そんな…」


 レナが目を閉じる。レナにしか解らない気持ちが身体の中で渦巻いているんだろうか。


「…夢のことを思い出そうとすると……何故かな? さっきまでその世界にいたような気が

する」

「あぁ、それ分かる。俺もやけにはっきりした夢とか見ると、夢の方が現実だったかのように錯覚

してしまうことがあるぜ」

「夢ってのは実際の時間より長く感じるらしいよ。数時間から数日ほどまで開きがあるみたい」

「そうなんですの? ………」

「沙都子が今考えてるのは好きな食べ物を一杯食べてる夢が長く続けばな〜とかです」

「り、梨花ぁ〜〜!!」

「みぃ☆」


 いつものように梨花ちゃんは沙都子をからかい、反撃に出た沙都子は梨花ちゃんと組み合い懐に

入り、フロントスープレックスをしようとするが梨花ちゃんの方が上手だったのか、投げ飛ばされる

反動を利用、猫のように着地してすぐ背後に回りドラゴンスープレックスを沙都子に見舞った。見事に

決まり魅音がスリーカウントを取ると何処からともなくゴングが鳴り、梨花ちゃんは勝者となった。


「いつ何時、誰の挑戦でも受けるのです、にぱ〜★」


 その笑顔に何処か黒いものを感じたのは多分気のせいだろう。そう、太陽の光の反射か何かのせいだ。


「でも不思議なの。……本当にその世界にいた………何故かそう思えて仕方が無い」

「気のせいじゃ…」


 と言おうと思ったが止めた。あまりにもレナが真面目な顔をしているからだ。伊達にデリカシーが

ないと何度も忠告を受けている。


「…どうしてレナはそこまで夢なんかに拘るのですか?」

「……どうしてだろう? そう、何か……思い出さなきゃいけないような使命感みたいなものが

レナの中でくすぶって……でも、もうあまり思い出せないからもどかしいの」

「……」


 レナは目を閉じている。さっき見た夢を必死に思い出そうとしているのだろうか。だけど必死に

思い出そうとしても夢ってのは徐々に頭の中から薄れていくもんだ。元々一瞬の幻のような現象だ。


「それにね……」

「……レナ?」


 俺達は一瞬ぎょっとした。

 何故ならレナの閉じた瞳の隙間から涙が溢れるからだ。


「その夢のことを思い出そうとすると……涙が……出てくるの……胸が苦しくなって……」

「お、おいレナ?」

「レ、レナ!? ど、どうしたのさ一体!?」


 沙都子は何が何やらと目をぱちくりさせ、梨花ちゃんは何故か神妙な顔つきでレナを見ている。

レナは何でもないと手を振るが、それが何でもないなんて事はあり得なかった。


「本当に、なんでもないの。本当に、本当に……」


 涙を拭いながらレナは謝るように言葉を繰り返す。やがて―――


「本当に、ごめんなさい……みんな、ごめん。ごめん……なさい………」

「「………」」


 俺達に頭を下げて謝罪する。謝罪? 何を? いや、でもレナのこの謝り方は普通じゃなくて……


 思わず俺達は閉口してしまった。突然のことの連続で少し頭がついていけない。

 そして俺は無意識にレナの頭に手を置いていて……


「あ……」

「レナ、その夢がどんな夢なのかは分からないけど、そんなに謝られても俺達にはどうしていいのか

分からないし、なんで謝られているのかも分からない」

「ごめんなさ――わきゃっ!?」

「だから止めろって」


 また謝ろうとしたので制裁としてわしゃわしゃと頭を強引に撫でた。


「夢は夢、今は今。レナは夢を思い出そうと必死になってるみたいだけど、その気持ちだけで

いいんじゃないか?」

「…え?」

「夢なんて曖昧なものの為に律儀に従って謝ろうとしているレナはそれだけで凄ぇよ。それに

ある意味今のでもうレナがやるべき事は終わったんじゃないか?」

「レナがやるべき事…それって、みんなに謝った事?」


 レナの言葉に俺は頷いた。


「そうだ。……実はさ、さっきのごめんなさい…言うのが恥ずかしいんだけど凄く胸に沁みたんだ」

「えっ? 圭ちゃんも?」

「圭ちゃんもって…魅音、お前も?」

「それを言うなら私もですわ。…さっきのレナさんの謝る姿を見ているとこっちまで泣きそうに

なったんですのよ?」

「みぃ、ボクもなのです」


 これは一体…どういう事だ?

 確かにレナの謝る姿は胸を打つ光景だった。…だけど4人も同じ反応をするとはどういうことだ?

そしてそれが意味することは……


 ……考えても無駄か。だって、《それ》は俺達には分からないんだから。


「本当に…これで良かったのかな、かな?」

「いいに決まってるだろ? なぁみんな」


 魅音、沙都子、梨花ちゃんは同様に頷く。何も異論はない。

 早くレナを夢から離してやりたい…そんな気分だった。


「よーし! ほらレナ、あんたに涙なんて似合わないよ! シャキッとする!」

「う、うん……」

「駄目駄目! ほら、いつもみたいに「はぅ〜!」と言う!」

「は、はぅ〜…」

「もう一回!」

「は、はぅ〜〜〜!!」

「よーしっ、それでこそ竜宮レナ!!」

「な、なんか違うような…。…あはは」


 やれやれ、魅音にいい所を持ってかれたな。

 そしてタイミングよく校長の鐘が鳴る。休み時間も終わりのようだ。


「さて諸君、次の次の時間は何の時間か忘れてはいないだろうねぇ?」


 魅音が途端に怪しい笑みを浮かべる。何を言いたいのか当然俺達は分かっている。


「当たり前ですわ!」

「みぃ、今から楽しみなのです☆」

「水鉄砲勝負、しかもクラスのみんなを巻き込んでの部活だね」

「今からわくわくしまくりだぜ!」

「くっくっくっ。みんな、せいぜい次の授業で英気を養っておきな。ま、無駄だろうけどね」


 俺達の視線が交錯する。…さっきまでレナを中心に思い雰囲気だったのが嘘のようだ。


「ねぇ、圭一くん」

「ん?」


 席へ戻るその時、レナが俺を呼ぶ。振り返るとそこにいたのは……レナ?


「ありがとう」

「…………へ?」


 いや、見間違う訳がない。レナだ。それ以外に誰がいる?

 だがレナは見た事もない表情を見せていた。

 …なんて表現すればいいのか?

 喜び…悲しみ…それらをごちゃ混ぜにしたような複雑な表情。

 そんな顔でレナは俺にそう言った。何で礼を言われるのかは分からない。しかしそれはレナも

同じだったようだ。


「なんとなく…礼を言わなければならないと思ったの」

「……そっか。それじゃあこっちも、どういたしまして」


 レナの礼に俺は答えた。何故だか不思議と口が動いてしまった。身体もだ。


 そして二人して首を傾げながら席へつく。知恵先生が教室へ入ってきた……のだが、どうも

教室内は浮き足立っていていた。先生もそれが分かっているようで、半ば諦めたような顔をして

溜め息を吐く。…嫌そうではなかったが。




 これ以降、俺達はこのレナの夢を話題に上げる事はしなかった。まるで遮られるかのようにぴたりと。


 不思議な一時。

 果たして、あの時間は本当に今俺達がいる世界の時間だったのだろうか?

 …などと、奇妙奇天烈な考えが浮かんでしまった。…そんな馬鹿な。

 もう、夢の一件は終わったんだ……と、思う。


 そう、もう終わったんだ。





 まるでその想いは消え行く夢の残滓のように……



〜良かった……〜


 ふと、そんな想いが頭をよぎった――――




Night of Break END...


そして罪滅し編へ続く…




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