俺に残された時間は3日。その時間で俺はみんなが納得できる味噌汁を作らなければ

罰ゲームとして三日三晩猫耳メイドとしてみんなに尽くさなければならないという恐ろしい

事を魅音が提案した。…もう一回とは言ったけど、そこまでする必要なくない?

 しかし現実はいつも残酷。だが、この前原圭一様を甘く見るなよ! ハードルが高ければ

高いほど男ってのは萌える――いや、燃えるものだ! やってやる、やってやるぞぉ!


 

―1日目―


「ふむふむ……なるほど、そういう事か……為になるぜ…」

 俺が呼んでいるのは新たに購入した味噌汁の書、ならぬ「人の気持ちを超えて」という

味噌汁のノウハウ全てが詰め込まれた味噌汁の奥義の書と言っても過言ではない。これを

手に入れたのはとある興宮の古い本屋なのだが……おっと、これ以上語ると最低でも

1500秒はかかってしまう。

「あの…前原君? 勉強熱心なのはいいんだけど…」

 知恵先生が俺に話しかけてきている。今は授業中だ、なるほど、先生が俺を注意する

のも頷ける。だが先生も俺の姿を見て、俺が今どれだけ大切な事をやっているのか理解

してくれているはずだ。

 まず、額には「日本一 味噌汁王前原圭一」というハチマキを。そして胸には

袋に入った味噌を縄で縛りつけている。これのおかげで低学年の子達にはわーきゃー

言われたものだぜ…。

「あの、圭一くん? 昨日気持ちが大切だって言わなかったかな、かな?」

 レナは何故か苦笑しながらそんな事を口にする。

「あぁ、分かってるぜレナ。だけど、知識もやっぱり大切なんだ。だって俺、完全に

料理の素人なんだからさ」

「そ、それならいいんだけど…」

 レナの言葉は俺の心に刻み込まれている。大切な事を教えられた。


 だが、だぁがしかし! それだけではいけない!! 人の為、飲んで欲しい為に

作る味噌汁は気持ちとテクニックを両立させなければならない!! 二度の失敗は

許されない!

 そう、完全なる至高で究極な味噌汁を作る為には、まず我が身を味噌にするのみ!!

 味噌だ、味噌になれ!! さすれば道は開かれん!!

 味噌の気持ちを知れば俺はレナ達を心の底から喜ばせるだけの味噌汁を作る事が

出来るのだあああああああああああああああああああ!!!!!




ひぐらしのなく頃に 味噌汁の変 第三話





「圭ちゃん、ここはどうすればいいの?」

 授業中、魅音は俺に方程式の解き方を聞いてきた。おいおい、これ位分かってほしい

ものだぜ。お前、本当に受験する気あるのか?

「そこはな、おたまに味噌を入れて中で煮汁を少し入れるんだよ。ここで汁が多すぎると

味噌がうまく溶けないから注意しろ」

「圭ちゃん!?」

「はっ!!?」

 魅音に言われ、俺はようやく自分の口から出た言葉に驚いた。

 な、なんだ? 俺は今、何を言ったんだ? 今のは味噌汁テク第7項に書いてあった

事だったか……

「前原圭一くん……だよね…?」

 レナは何を言っているんだ…。い、いや、しかし、今のは完全に脳で考えていた事とは

別の事を言ってしまった。俺の脳みそは、味噌に支配されてしまったというのか!?




 …待てよ? これは、俺の望んでいたものではないか?

 そうだ、そうだよ……徐々にだが、俺は味噌になりきっているのだ……

 まさに俺は味噌の申し子、利き味噌なんて当たり前、遂には味噌の声まで聞こえるように

なるのも時間の問題だ。

「ふ、ふふふふふふふ………」

「魅ぃちゃん……こ、怖いよ、圭一くんがなんか怖いよぉ!」

「あ、安心しなレナ。お、おじさんが、つ、つつ、付いてるから……あ、あわわわ…」



 チャイムが鳴り、気付けばもう昼休みだ。いつものように部活メンバーで机を寄せて

互いの弁当を出す。学校での楽しみな時間の一つだ。

「今日のみんなのお弁当はどんなかな〜?」

「そ、そんなに期待されても大したものはないよ?」

「レナさんのお弁当はいつも完成度が高いから心配しなくてもよろしくてよ」

 やはり弁当の時間は少しテンションが上がるな。みんな楽しそうだ。当然俺も。

「? 圭一、お弁当出さないのですか?」

「え? いや、もう弁当は出してるんだけど…」

 弁当箱を出さない俺を見て不思議がる梨花ちゃん。だが俺の言葉に更に首を傾げる彼女に

俺は自分の弁当を指差した。





 そう、胸に縛りつけた…味噌を。




「………………え?」

 珍しい、梨花ちゃんが顔を引きつらしている。はて、俺は可笑しな事を言ったか?

ゴトッ

 3kgパックの味噌を机に置いた。袋を開けると濃厚な味噌の匂いが辺りに充満

してくる。あぁ…なんていい香りなんだ。セブンスマートめ、いい物を置いてやがる。

「………圭ちゃん、あの…」

「おう、みんな好きなだけつつけよ! 結構高かったんだけど、みんなに食べて貰える

ならこいつも本望だ。あ、でも少しだけ残して欲しいかな。家に帰ったら練習用に

使うつもりだから」

「そ、そうなんだ。あ、あははは!」

「せ、折角ですけれど遠慮しておきますわ。れ、練習に使ってくださいまし」

「そうか? 美味しいけどな…」

 味噌を指ですくって食べる。うむ、美味い。上質の味噌だ。

 何故か今日の弁当の時間はみんなの口数が少なかった。



 そして放課後、みんな大好き部活の時間となった。さて、今日は何をするのやら…

「さーて、今日はどうする?」

「なんだよ、決めてないのかよ」

 でへへ、と魅音は図星だったらしく笑って頭を掻いた。ちっ、仕方ないなぁ。

「俺に提案がある」

「何かな、かな?」






「味噌について語る、というのはどうだ?」









「………へ?」

 何故かレナの表情が凍りついた。

「だから、味噌の素晴らしさについて語るんだよ」

 あれ? みんな、目が点なんだけど。

「け、圭一さん……頭ぶつけましたの?」

「ここまでくると、ちょっと可哀想なのです…」

「圭ちゃん……」

「監督呼んできた方がいいんじゃないかな、かな…」

 お、おいおい、何だよみんなして。目が点になったと思ったら急に何か俺を

哀れんだ目で見るように……。

「や、やめろ、やめろよその顔!! 俺を…俺をそんな目で見るな!! …ハァ、ハァ…」

 気が付けば俺はぼりぼりと頭を掻き毟っていた。みんな…そんなに、そんなに

味噌が嫌いだっていうのか!?

「ほらっ、見ろよこの味噌!! ハァ、ハァ。も、萌えるだろ!? この癒される

色、ツヤ、匂い!」

「や、やばいよ……みんな逃げて……早く逃げて! 殿(しんがり)はおじさんがするから!」

「レナァ! お前も分かるだろ? この味噌が何を考えているのか!? ほら、聞こえる

だろ? 美味しく作ってね、って! ハァ、ハァ、ハァッ!!」

「い、いやああああああああ!!」


スパパパパパパーーーーーン!!!!









 気が付けば、俺は家の玄関に横たわっていた。俺は…気を失っていたのか? う…気を

失う前の記憶が……確か部活を始めようとして、何にしようかって決めようとして……

駄目だ、それからの記憶がない。もしかしたら、楽しすぎてトランスし過ぎて記憶が

吹っ飛ぶ位に遊び回っていたのかもしれない。うむ、それなら納得がいく。

「さて……味噌汁を作るか……」

 今や(とは言っても昨日からだが)味噌汁は俺のライフワークになりつつある。ボールは

友達とか、最初は何言ってんだこいつとか思っていたがなるほど。今なら彼の気持ちが

よく分かる。そう、俺とこいつ…味噌は一心同体、友達なんてものを遥かに超えた

ベストパートナーなのだ!!



 晩御飯には俺の味噌汁が出される事となった。帰ってきた両親に早速俺の味噌汁を

試飲してもらう事となった。

「ど、どうかな?」

 や、やべぇ。なんかドキドキするな。昨日レナ達に出したものとは違って一応頑張って

気持ち込めて作ったやつだから評価が滅茶苦茶気になる…

「ほぅ、圭一にしては中々じゃないか」

「マジで!?」

 父さんはずずっ、と味噌汁を飲み込んでいく。味には五月蝿い父さんが俺の味噌汁を!

「でも」

 そこで母さんが口を開く。

「まだまだ、ね。よく勉強してるようだけど、流石に1日やそこらで美味しいお味噌汁を

作れるとは思わない事ね」

「お、お厳しいお言葉で…」

 やはり味噌汁マスターの称号を持つ(俺が勝手につけた)母さんには生半可なやつは

通用しないか…。しかし、勉強にはなる!

「でも必死さは伝わる味ね。圭一、頑張りなさいな」

「うむ、そうだぞ圭一。何でいきなり味噌汁作り始めたかは知らないが、何かの為に

頑張るのはいい事だ。父さん応援してるからな!」

「あ……お、おう!」

 父さん、母さん……ありがとう。



 そして1日目が過ぎ、2日目も同じように過ぎて行った。

 試行錯誤を繰り返す内に俺の味噌汁は徐々に理想の形へと変化していった。至高、究極、

そのどれとも違う、俺の味に……。

 3日目、学校も終わり部活も俺が大敗退をしてしまい散々嬲られた後の帰り道…

「あっははは! 圭ちゃん、味噌汁の事もいいけどちゃんと両立させなきゃ今日みたいに

エンジェルモートの制服着続ける事になるよー?」

「あぁ…気をつける。流石に連日罰ゲームを受けるのはキツイからな」

「圭一くん、お味噌汁の勉強で頭が一杯だもんね。それに明日は…」

 そう、とうとう時がきた。明日、再び味噌汁審査が行われる。俺の3日間をぶつける

日がやってくるのだ。そう思うと緊張するぜ。

「圭ちゃんがどこまでレベルアップしたのか楽しみだよ」

「へっ、そう言ってられるのも今の内だぜ。明日、たっぷり飲ませてやるよ」

「それが飲めるやつだったらね。レナ、それじゃまた明日!」

「うん、じゃあね魅ぃちゃん」

「おいコラ待てぇ! 魅音!!」

 魅音は笑いながら走っていった。あ、あいつめぇ〜。いい度胸してるぜ。

「ふふっ、魅ぃちゃんわざとあんな事言って」

「わざとぉ〜? 俺にはただの嫌味にしか聞こえんぞ」

「ううん、わざと。圭一くんにいい物を作らせようとね」

 なるほど…意地悪な事言ってむしろ逆にやる気を起こさせるようにか。まったく、素直じゃ

ないぜあいつは。

「……ねぇ圭一くん」

「ん?」

「そこまで頑張らなくても、レナはお味噌汁作ってあげるよ?」

 突然レナはそんな事を言ってくる。

「前も言っただろ? 俺にはその権利は無いって。みんなに認められて、初めてレナの

味噌汁を作ってもらう。大体、レナがそういう条件だしたんじゃないか」

「それは、そうだけど…」

 ? どうしたんだレナのやつ。何というか、残念そうというか…。

「圭一くん」

 レナは歩くのを止めて俺の名前を呼んだ。俺も反射的に立ち止まる。

「圭一くんが頑張るのは、美味しいお味噌汁を作る為? それとも………

レナにお味噌汁を作ってほしい為?」

「そ…」

 それはどっちも、と言いそうになって止めた。

 美味しい味噌汁を作って、認められて、レナに味噌汁を作ってもらう為に俺は頑張って

きた。だからどっちもと言うのは正しいはずだ。

 でも、何故かそれを言うのは躊躇われた。

「ご、ごめんね。なんか変な質問しちゃって…」

 レナは苦笑しながら謝る。そしてお互い黙ってしまい、変な雰囲気になる。

「……」

「……」

 なんか、息が詰まる。それに何を言おうか迷ってしまう。

 俺は居づらくなって歩き出してしまう。レナは隣に来ないで俺の後をついてくるように

歩く。

 微妙な沈黙が続く中、レナと別れる場所まできてしまった。

「そ、それじゃあね圭一くん」

「あ、あぁ、また明日な」

 レナはそれだけ言うと振り返らずに去っていった。顔も少しばかりか赤くして。



 晩飯の母さん味噌汁判定は60点。微妙のような気もするが数日前まで味噌汁なんて

作った事のない俺にしては上出来と言ってもいいだろう。母さんもそう言っていた。

 その後も時間が惜しいとばかりに味噌汁の勉強をしていた俺だったが、気掛かりな事が

一つだけあった。


 それは帰り道、レナに言われた一言。


『圭一くんは圭一くんが頑張るのは、美味しいお味噌汁を作る為? それとも………

レナにお味噌汁を作ってほしい為?』


「…レナは何が言いたかったんだ…?」

 あれはそれだけの意味じゃないだろう。いや、何となくだけどあれ以外にも何か

言いたかった事があったように思える。それが何なのかは分からないけど。

 でもそれをいくら考えてもしょうがない。今はとりあえず味噌汁に専念しよう。そして

あの言葉の意味は見事合格してから聞く事にしよう。

「くあ……もうこんな時間か……」

 とは言っても夜更かしはいけない。明日も学校はあるんだから、ちゃんと眠らないと。

 布団に寝転ぶと、すぐに睡魔が襲ってきた。

 頭には味噌汁を作る手順、テク、そして気持ちの入れ方などを何度も何度も繰り返し

ていく。それ以外は何も余計な事は考えない。


 余計な事は考えないはずだったのに、思考の片隅にはレナの顔が浮かんでいた。



つづく




戻る 次へ



inserted by FC2 system