ナイト・オブ・ブレイク 二章



「ぐっ、あああああああああっ!!!」


 痛い…痛い痛い痛いッッ!!

 自分でも信じられない位、俺は絶叫した。頭上に襲い掛かってきた鉈を俺は無意識に左腕でガード

した。…当然、腕で刃物を守れるはずもない。鉈は俺の左腕に深くめり込んだ。骨までいったかも

しれない。


「あああ、ああああああああああっ!!!」


 さけ、叫ばないと……痛さで狂ってしまいそうだ…!! 血がぼたぼたと腕から流れ出て、意識が

遠のいていくのを感じる。視界もぼやけてくる。


「ん〜、これじゃあ切断まではいかないか。大丈夫だよ圭一くん、その位じゃ人間死なないよ。

でも、血は何とかしないとねッ!」

「ぐあっっ!!」


 レナがテグスで乱暴に鉈を俺の左腕から抜き取る。すると腕から血が噴出し、電流が走ったかの

ように身体に激痛が伝わる。俺は傷口を押さえ、その場でうずくまる。


「ぐっ……あ、あぁぁぁ………うぅぅ…」

「どう、圭一くん? これで少しは死ぬのが怖くなったんじゃないかな、かな? 出血を止めなきゃ

流石に死んじゃうよ? その痛みから助けてあげてもいいよ? その頭を叩き割ってね!!

あっははははははははは!!」


 レナの嘲笑が運動場に響き渡る。今の内に持ってきておいた包帯を口と右手できつく左腕を縛り

止血をし、傷口を縛る。…すぐに医者に見せなければもう駄目だろうな、左腕。


「辛いでしょ、圭一くん。でも、どうして立ち上がるのかな、かな? どうしてそこまで

出来るのかな!?」


 残った右手でバットを持ち、ゆっくりと俺は立ち上がる。もうほとんど左腕の感覚は無い。

 …だけど、この夜を乗り切れる位ではある。大丈夫、まだやれる。


「ハァ、ハァ、ハァ………」


 立っていると眩暈がしてくる。だけど、倒れる訳にはいかない。叩き割られる訳にはいかない。


「約束…したからな………勝手に、だけど、みんなに…そして、俺でなくとも、他の奴も俺と同じ事を

しただろうな……」

「何それ? たったそんな事で…死ぬのが怖くない、大怪我が何とも無い、なんてあるはずがない!!

そこまで出来るはずがない!!」

「出来るんだよ、それが。今のお前はそんな事も分からないんだな……」


 普段のお前だったらそんなの教えるまでもないだろう。それが、悲しい……

 だけど、「俺もそうだったから」……お前をどうのこうの言う資格は無いんだろうな。


 でも……でも…



『圭ちゃん』


『圭一さん』


『圭一』



「うおおおおおおおおあああああああああああッ!!!」

「!!?」


 身体の中から全てを搾り出す位に俺は叫んだ。大気が震動する位、震動させる位に。


「出来るんだよ! 今の俺を見ろ! 確かに血は出まくってはいるがこうして立っている!

叫ぶ! 何が俺をここまでさせているのか分かるか!? 分かるだろ、以前のお前なら!!」

「分かんない……分かんないよそんなの!! それに何、『以前』って!? それってレナが

前と何か違うって事だよね!? 認めないよ…そんなのは認めないッッ!!」


 再び、レナが鉈を振り回した。そうだろう、手負いの俺には遠距離からの攻撃で仕留めるのが

一番だ。

 しかし今のレナは少し冷静さを無くしていた。勢いよく投げるが軌道が甘い。十分避けられるが俺は

敢えて鉈を叩き落とした。


「!」


 明らかにレナの表情に驚きが表れる。


「……」


 俺は右手に力を込める。…大丈夫、いける。片手でも十分戦える。


「どうした? 認めないんじゃなかったのか? こんな怪我してる奴に言わせておいていいのか?」

「………」


 その言葉でレナの表情が変わる。

 空気が変わった。どうやら俺が怪我をしている事への油断を頭から消したようだ。


 またレナは鉈を回し始める。しかし何かが違う。そう、鉈を投げようとしない。ずっと振り回して

俺を凝視している。俺はどうしていいものか判断し切れずバットを構える。


 その状態から1分以上が経つ。睨み合いが続く。レナは未だに鉈を投げようとしない。何故か

踏み込むのは躊躇われる。何が狙いなんだ……


「っ」


 少し身体がぐらつく。それが俺に答えを導き出させた。

 レナは俺の失血を狙っているんだ…そうか、だからずっとこんな状態を維持して……俺の体力が

無くなるのを待っているって訳だ。そして俺の焦りを釣り糸を引くかのように待ち、俺が動き出したら

鉈を投げる……そういう算段なんだな。

 だが、これは上手い。狙いが分かったとしても迂闊に動けない。動くにしてもこちらも相応の覚悟を

持って立ち向かわなければならない。


「……ははっ」

「?」


 覚悟? 何言ってるんだよ前原圭一。そんなの最初からあるじゃないか。

 どうせこのままだと俺の血が失われるだけだ。だったら何をするかなんて決まっている。


 前進、あるのみ!!


「おおおおおおおおおっ!!」

「はははっ、痺れを切らしたね!!」


 違うぜ、自ら誘いに乗ってやっただけだ。だけどそれすらも予想済みなんだろうな。だからこれは

完全に実力勝負だ。俺の技量が勝るか、お前の技量が勝るか!

 投げられた鉈が斜め上から勢いよく俺へ向かってくる。投げた瞬間はまだいい、だが向かってくる

時の「グンッ」って感じは何度見てもブルってしまう。何せ俺に飛んでくるのは野球のボールでも

何でもなく、凶器で鉈だからだ。


「……!」


 鉈が来る! 20cm…10、5、1ッ!!


「ここだ!!」

「えっ!?」


 正に目と鼻の先まで鉈が迫っていたその瞬間、俺はバットを鉈ではなく、それに付いているテグスを

狙った。勿論俺の頭に鉈が当たらないようにテグスを叩く。するとくるくるとバットにテグス付きの

鉈が巻きついていく。


「まさか…そんなっ!?」

「へ、へへへ!!」


 正直、賭けだった。確かにレナのこの攻撃を防ぐにはこうやるのが一番だ。だがそう容易く出来る

事ではない。たまたま今回は成功したが、もう一度やれと言われれば喜んで辞退する。


「はははっ…これでもう鎖鎌のような事は出来ないぞ!」


 動きの止まった鉈に俺は噛み付いた。俺の目的は鉈に付いているテグス。俺の狙いに気付いたレナは

テグスを引くが、その前に頑丈に鉈に縛られていたテグスを外した。何故噛み付いたかというと単純に

左腕が使えないからだ。かといって片手で取り外していたら接近を許してしまう。だから鉈の峰に

噛み付きすぐテグスを取り外した。自分でも恐ろしいほどの手際だと思った。

 更にテグスを引っ張ってレナのリストバンドを外した。…これであの鉈の攻撃は完全に封じた訳だ。


「ほらよっ」

「えっ…?」


 それはレナにとって計算外。何故なら俺が仕掛けを外した鉈をレナへ投げたからだ。俺へ向けられる

目が「どうして?」と言っている。


「決まってるだろう? まだ終わっていないからな、俺とお前の戦いは…。だから、早く鉈を拾えよ」

「………」


 レナは何を言っているんだこいつは的な感じで俺を見ながら鉈を拾う。


「馬鹿な事をしたね、圭一くん。わざわざチャンスを逃すなんて」

「あぁ、いいんだよ別に。…俺の目的はお前をぶち倒す事じゃないんだからな」

「は、はぁ!? 今更何を言ってるの!? じゃあ何の為に戦ってるの!?」


 激しく困惑するレナ。俺の言う事やる事が理解できないでいるようだ。


「まだ分からないようだな……部活だったらお前、終わってるぜ!」

「うああああああああっ!!」


 レナが獣のように地を駆ける。レナと同時に俺も駆け出す。1秒もしない内に距離は縮まりバットと

鉈をぶつけ合い交錯する。互いに背を向けた状態、次にレナが何をするのかは予想がついていた。

俺はその場でジャンプするとレナはしゃがんで鉈を回転しながら斬りつけてくる。避けた俺はすぐに

レナをバットで叩きつけようとする――がレナは余計に回転して俺の方を向いて鉈でバットを弾く。

その次の瞬間、互いに小さくバックステップをして――


「おおおッ!」

「はぁぁッ!」


 そこからは凄まじい剣戟の連続。

 斬る、叩く

 斬るッ、叩くッ

 斬るッ! 叩くッ!

 斬るッ!! 叩くッ!!

 斬るッ!!! 叩くッ!!!


 技も何も無い、ただ力と力のぶつかり合い。鉈とバットを力に任せてぶつけ合う。火花が散り

互いに視線が交錯する。


「あああッ!!」

「うああッ!!」



 今、この瞬間だけ俺達は人ではなく咆哮するだけの獣だった。

 満月の夜は人を狂わせる何かがあるのかもしれない。

 いや、俺達が狂っているだけなのかもしれない。


 だって友達だったのに、仲間だったのに……学校の運動場で凶器をぶつけ合っているのだから。

 率直に言えば殺し合い。人は人を殺そうと思う時、もう既に狂っているんだ。

 俺はレナを殺そうとは思っていない。だが、それに相応する事はやっている。

 それは最早殺そうとしているのと同じ。どんな思いだろうと、既に俺はレナと戦ってしまった。


 とっくに俺とお前は互いに仲間と呼ぶのは終わった。


 だけど、最期くらいは役目を果たさせてもらうぞ…

 そう


 「仲間」としてッ!!


「レナァアアアアアアアアアアアッ!!!」

「ッ!!?」


 信じられないが、左腕に感覚が戻った感じがした。

 そして動く。


「何でッ!?」


 不思議なほど、身体に力が漲った。

 両手でバットを握り、レナの渾身の一撃を見極める。


「あああああああああっ!!」


 レナの咆哮、身体の芯から震え上がりそうな叫び。そこから繰り出される突きと見せかけての

大上段。




 刹那、何故か脳裏に部活で楽しく笑い合う俺達の姿がよぎった―――






「〜〜〜〜〜ッ!!!」


 鉈を手放し、腹を押さえレナはその場でうずくまった。声にならない叫びを上げ、悶絶している。


 俺はレナの大上段から渾身の一撃を下から上へ弾き飛ばし、両手でのフルスイングを無防備になった

腹に食らわせたのだ。

 レナはうずくまり、俺の左腕は完全に感覚が無くなった。止血したはずの左腕からはまた血が

流れ出て、血の気が引いた俺は思わずその場に尻餅をついてしまった。

 互いに大打撃を食らってしまった訳だ。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 脂汗が止まらない。感覚が麻痺し、今度こそ意識が朦朧とする。

 だが、まだ気を失う訳にはいかない。言わなければならない事があるから……


「ゲホッ、ゲホッ……」


 まだ俺の一撃のダメージが癒えないレナに、この状態だからこそ言わなければならない事を俺は

容赦なく言い放った。


「レナ…痛いか?」

「………」

「吐くほどに痛いだろう…気持ち悪いだろう……? だけどな……」



 ようやく言える。この状態だからこそ、力がある。





「だけど、お前が殺したみんなの痛みには届かねぇんだよおおおおおっ!!!」




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